第一章  瞬






「お父さんはね、瞬。瞬のお父さんに生まれる前のことを憶えているんだよ」

 僕の思い出の中で唯一鮮やかな父の記憶は、あの数分間しかない。

「お父さんはヨーロッパの大きな戦争に駆りだされたオーストリアの兵士で、敵と戦って、人を殺して、そして自分も殺された。死ぬ瞬間に、こんな死に方は嫌だと思ったんだ。平和な時代に生まれ、家族と一緒に穏やかな日々を過ごすことを夢見た」

 僕が物心ついた時にはもう、父は病の床にあった。あの数分間以外は、病床で哀しげに微笑んでいた父の記憶しかない。

「夢は……叶ったんだろうな……」

 大きな窓から射し込むオレンジ色の炎の影を映す白い病室。線の細い父の横顔。母が病室に戻ってくると同時に病室は深い紫に沈み、その夜、父は亡くなった。
 僕は、まもなく六歳になろうとしていた。






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