『辛くなったら、私のところに来なさい』 あのメッセージの通り、その日から僕は、耐えきれなさが限界に近付くと、基臣さんの許に逃げ込むようになった。 "逃げ"だということは自覚していた。 氷河が新しい女の子と付き合い始めるたび、氷河にわざと無視されるたび、僕はまるで餌を欲しがる野良猫みたいに、基臣さんの家に行き、夜の庭を突っ切って、基臣さんの寝室に続くテラスのガラスのドアを叩く。家人は、そんな僕を室内に招き入れ、何も聞かずに僕を抱きしめて、僕の傷を癒してくれるんだ。 それはもう、麻薬のような心地良さで、僕は基臣さんの際限のない暖かさと優しさにどんどん溺れていった。 氷河のお母さんも、こんなふうにこの人に愛してもらったんだろうか。女として、それは極みに達した幸福だったろう。力強く暖かいこの人の胸を独占するということは――。 そして、おそらく、氷河のお母さんは、僕みたいにこの人の優しさに甘えるだけの人ではなかったんだろう。だから、この人は、亡くなってからもずっと氷河のお母さんだけを愛し続けているに違いない。 氷河のお母さんになりたい――基臣さんの腕に抱きしめられるたび、僕はそう思うようになっていた。 基臣さんに愛されることも、氷河に愛されることも、当然のことのようにできる人。誰にも恥じることなく、基臣さんを愛し、氷河を愛することのできる人。 僕は多分、基臣さんを――基臣さんをも愛し始めていた。 僕の心を乱暴にかき乱す氷河と、静かに安らげてくれる基臣さんと――そのどちらにも心惹かれている自分を、僕は軽蔑した。 |