第二章  早雪





 彼女の中で僕の記憶が蘇り始めたのは、彼女が初潮を迎えた夜だった。
 灯りの消えた寝室の布団の上に身体を起こし、氷河と基臣さんの名を呼んだのを憶えている。

 折橋早雪【さゆき】――それが、僕の名前だった。

 戦後の混乱の中、庶民の困窮を糧にしてのし上がった、折橋建設創始者 折橋敬司の一人娘。両親の庇護のもと、東京郊外の邸宅で何不自由なく暮らす、しかし、籠の中の鳥。
 だけど、僕はそれを不満に思うことはなかった。過去に生まれ変わったことにも、自分が女の身体を持っていることにも、違和感すら覚えなかった。
 折橋早雪として生きるべき道を生きていれば、その先に、基臣さんが待っていてくれると思ったから。そして、更にその先には氷河がいるのだと信じていたから。
 親が望む通りにピアノを習い、茶をたて、花を活け、おとなしく従順な少女でいることも苦にはならなかった。

 だが、やがて、唯々諾々と親に従っているだけでは、基臣さんのもとに辿り着けないのだと思い知る事件が起きた。






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