ドイツでの生活は快適だった。向こうの人間は、俺の出自など誰も知らなかったし、根堀り葉堀り聞いてくる奴もいなかった。 俺はゲルマンの男にも劣らない体格を持っていたし、顔や頭の方も並以上だったんで、女にももてた(男まで寄ってくるのには閉口したが)。 だが、二年後、日本に戻ってきた時は、ドイツでの生活が快適だった分、周囲の空気が重く感じられた。日本では、俺はやはり父の――沢渡家の――庶子でしかなかったんだ。 父は自分の会社に俺のポストを用意してあると知らせてきたが、父の会社で――しかもあのぼんくらの義兄が常務を勤める会社で――飼い殺しにされ使い捨てられることが目に見えているレールの上に乗ることに、俺は躊躇を覚えていた。 ちょうどその頃、沢渡家ではぼんくら嫡子、沢渡博の縁談話が進行中で、正妻の使いから沢渡家に近付くなと、俺に厳命がくだったせいもある。庶子なんかが近くをうろちょろしていては、まとまる話もまとまらないということらしい。正妻の使いは、ご丁寧にも、用件の他に散々な厭味と皮肉と侮蔑の言葉まで俺に残していってくれた。 父と正妻のやり方に、自分の立場を思い知らされた俺は、半ば開き直りかけていた。それは、いっそ沢渡家から流れてくる金で、一生ぶらぶらと無頼生活を続けてやろうかという、かなり自暴自棄な開き直りだった。 そんなふうに、自分の進退を決めかねていた時、俺はついにお袋に――折橋早雪に――出会ってしまったんだ。 お袋は、なんと、沢渡のぼんくら長男の縁談の相手だった。 |