「瞬……」

時刻は既に深更と言って差し支えない頃でしたけれど、瞬は、まだ寝つけずにいたようでしたわ。
窓辺でぼんやりと――おそらく、氷河のことでも考えていたのでしょうね。
その当の相手が現れたので、とても驚いた様子でしたわ。

「あなたは……ううん、貴様、よくもこんなところまで!」
「瞬、目を覚ましてくれっ!」
「何を言っているっ!」

瞬は、すぐに攻撃態勢に入りましたけど、相変わらず、その攻撃はどこか焦点がぼけていて、氷河はすぐに瞬の懐に飛び込んでいきましたわ。

「瞬、俺がわからないのか……!」
「あ……」

いつも防御ばかりで、決して自分に攻撃を仕掛けてこない氷河と、そして、彼の前に出るとどうしても本気で闘うことのできない自分自身に、瞬は不審の念を抱いていたのでしょうね。
氷河に両手を掴み上げられた瞬は、戸惑った眼差しを氷河に向けたのですわ。

「わ……わかっている! 貴様は、様に敵対する邪悪な……」
「瞬っ!」

氷河は、早々に、言葉で瞬を説得することを諦めたよう。
瞬の動きを封じて、彼がその次にしたことは、もちろん、あたくしたちの期待通り、瞬を抱きしめ、その唇を奪うことよ。

瞬は、突然、敵に口付けされて瞳を見開きましたわ。

「は……離せっ!」
「離さない」

まあ、確かに、こんな場面で、『離せ』と言われて、離す馬鹿はいないでしょうね。

窓から入る風は、初夏の悩ましい夜風。
おまけに、相手は、1ヵ月もご無沙汰していた、大事な恋人。
ここで、瞬の言葉に従って瞬を解放してしまったら、それははっきり言って、男じゃなくってよ。

「離せ! 敵にこんなことをされるくらいなら……」
「瞬……!」
「殺すなら、さっさと殺せ。敵に嬲り者にされるくらいなら、死んだ方がましだっ」
「瞬、思い出してくれっ!」

そうしようと思えば、氷河の手を振りほどけるはずなのに、瞬はそうしようとはしない。
このあたりが、恋する者の矛盾と言うか、お約束と言うか。
まあ、可愛らしいものね。

何にしても、沙織嬢は、本当にいい人材を持っているわ。
氷河は、瞬の中に迷いがあることを見て取ったらしく、まさにお約束の王道を突き進み始めたんですの。
わかるでしょ。
ええ、氷河は、瞬をベッドに押し倒したんですのよ。

あたくし、思わず、ワイングラスを握る手に力を入れてしまいましたわ。






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