「あれ、抱き心地悪い……」

ニコルは、人を(この場合は、イルカを)疑うことを知らない素直な少年だった。
それ故、彼は、急に抱き心地の悪くなった白イルカの抱き枕を、それでもしっかりと抱きしめて、その夜も眠りについた。

布一枚と、僅かばかりの綿とスポンジ越しにニコルに抱きしめられることになった白イルカ・クルーゼが、自身に絡まるニコルの腕と脚に、どれほどの感銘と興奮を覚えたのかは、クルーゼ本人しか知らないことである。


ところで、美少年というものは敏感なもの、と相場が決まっている。

夜も深まり、いざ鎌倉。
いよいよ怪しい行為に及ぼうとしたクルーゼが、白イルカの中からもそもそと這い出そうとした、まさにその時。

「白イルカさん、どうして動いてるの?」
白イルカ・クルーゼは、眠そうな目をこしこしとこすりながら覚醒しかけた敏感美少年に、極めて妥当な質問を投げかけられることになってしまったのである。

ぎくり★ と、身体を強張らせたのも一瞬のこと。
クルーゼはすぐに滑らかな口調で、この絶体絶命の大ピンチを逃れるための弁明を紡ぎ出した。
曰く、
「実は、私は、数百年前に、悪い魔法使いに呪いをかけられ、こんな姿にされてしまった某国の王子サマなのだよ。私を心から愛してくれる人が現れ、私に真実の愛を誓ってくれるその時まで、私は元の姿に戻ることができないのだ」

が、さすがのラウ・ル・クルーゼも、こーゆーシチュエーションで常識的な言い訳は思いつかなかったらしい(彼に“常識”の持ち合わせがあるのか? という根本的な問題は、この際、考慮しないことにする)。
人間ならともかく、喋っているのはイルカの抱き枕なのである。
まともな(?)説明をつけようと思ったら、超常的な論法を用いるしかない。
幸い、イルカの中から発するクルーゼの声はくぐもっていて、それが自分の隊長の声だとは、ニコルは気付いていないようだった。






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