「寝ぼけてたんだよ。でなかったら、夢を見たんだろう」
「僕は、寝ぼけてなんかいません。あれは夢なんかじゃなかったですよ!」
「…………」
いつになく頑なに自分の意見を通そうとするニコルに、アスランは意外の感を抱いていた。

「そんなふうでいて、明日から始まる作戦は大丈夫なのか、ニコ──隊長!」
到底信じ難い夢物語を現実にあったことだと言い張るニコルを、今日こそは完膚なきまでに言い負かしてやろうと気負ったイザークの声を途切らせたのは、ふいにブリーフィングルームに現れた、彼等の隊長の姿だった。
本気でニコルの馬鹿げた夢の論破に挑もうとしていた自分の大人げのなさに思い至ったイザークが、慌てて居住まいを正す。

「失礼しました。ニコルが、馬鹿げた夢を現実だと言い張って引かないものですから、つい――」
「馬鹿げた夢?」
「イルカの抱き枕が、急に喋り出したんだそうです」
苦笑をこらえるような口調で、イザークが事の次第をクルーゼに報告する。

「あれは絶対に夢なんかじゃ……!」
「イルカは──」
仲間の決めつけを撤回させるべく、口をはさもうとしたニコルを遮ったのは、イザークの報告を受けている当のクルーゼだった。
「イルカは、救済のシンボルだ。子供の無邪気さと直感的な賢明さと素直を象徴し、魂の救済のシンボルとも言われている。良い夢ではないか」

それは、ニコルを庇ってくれているようにも取れる言葉だったのだが、実際にあったことを夢にしてしまいたくなかったニコルは、あくまでも事実は事実だと彼等に訴えようとした。
が、ふいにそうするのをやめる。
彼が心から愛すると誓った白イルカの声に、彼の隊長の声が酷似していることに気付いて――。

そんなはずはないと思いつつ、それでも首をかしげずにいられないニコルと、その仲間たちをその場に残して、クルーゼがそのままブリーフィングルームを出ていく。
クルーゼの声が妙に気になって、その時、ニコルは気付かなかったのである。
ニコルたちの前から立ち去った彼等の隊長の軍服の肩に、取り除かれ損ねた縫いぐるみ用のスポンジの切れ端がしがみついていたことに。

何はともあれ、そんなわけで、あまりにも怪しすぎる隊長のもとで、ニコルの危険な軍隊生活の日々は始まったのだった。






Fin.






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