隣室に入り、デスクに向かう。 ドアが開けられた気配はなかったのに、いつの間にか、横にニコルが立っていた。 「また、何か辛いことをしようとしていらっしゃるんですか?」 クルーゼのしていることを、すべて承知しているような口振りだった。 死んだ人間なら、そういうこともあるのかもしれない。 その声を無視しきれない自分自身に怒りを覚え、クルーゼはデスクの上で拳を作った。 尋ねているのは死んだ人間なのだと思うと、現実世界での危機感は薄れる。 クルーゼはいつになく軽薄に、あるいは挑戦的に、そして自虐的に、自身の秘密を“それ”に洩らしていた。 「死んだんだ。アラスカで、数千ものザフトのパイロット、ナチュラル──私が殺した」 「それが悲しいんですか?」 「悲しい?」 クルーゼは笑った。 このお人好しの幽霊は何を言っているのかと。 「私が殺したんだ。私は、この結果を見越して、私を信じている者たちを裏切り、そして、すべては私の計画通りに進んだ。これほど楽しいことはない。楽しすぎて──少し、楽しむことに疲れただけだ」 生前には想像したこともなかっただろう彼の隊長の悪業を、当人の口から聞かされて、この幽霊はどういう反応を示すのかと、クルーゼは興味深くニコルを見守った。 ニコルは、怒りの感情も驚愕の様子も示すことはなく、ただ僅かに瞼を伏せただけだった。 「かわいそうに」 「かわいそう──か。哀れな愚民たちにふさわしい哀悼の言葉だな」 ニコルの選んだ言葉の月並みさを、クルーゼは鼻で笑ってみせた。 「…………」 ニコルは無言で、死者を嘲るクルーゼを見詰めている。 やがて、クルーゼは気付いた。 「……君が哀れんでいるのは私か?」 ニコルは何も答えない。 クルーゼの苛立ちは抑えようがなかった。 子供。 花のような、ただの子供に哀れまれるのは、我慢ならない。 「正体を現せ。おまえは何者だ !? 誰の手先だ。私を探るために、誰かが、おまえにニコルの姿を装わせて、私の許に送り込んだんだろう!」 ニコルの細い腕を掴みあげて詰問したクルーゼに、ニコルは相変わらず、どこか悲しげで、だが穏やかな眼差しを向けるばかりだった。 「僕は隊長に呼ばれて、ここに来ました。僕は隊長のために在るものです」 「私のため?」 なぜそんなことを言ったのか、なぜそんなことを思いついたのか、それはクルーゼ本人にもわかっていなかった。 「ならば、私の役に立ってみろ!」 これまでいつも、操る側にいた。 利用する側にいた。 すべてを見通す立場に立つことに慣れているクルーゼには、捉えどころのないニコルの笑みが不快だった。 それはクルーゼの不安をあおり、神経を逆撫でした。 |