「最高のコーディネーターが最高の人間とは限らないでしょう?」 クルーゼから解放されてからもしばらく、乱れた息を整えるために固く目を閉じていたニコルが、ふいにクルーゼに尋ねてくる。 つい先程まで、クルーゼの下で、小さな悲鳴にも似た喘ぎを洩らしていた唇は、まだ少し艶を帯びて濡れていた。 「そうだな」 それは、クルーゼにもわかっていた。 だが、人間として欠陥品である自分を顧みるたびに、“最高のもの”としてそこに存在する少年に感じる妬みは止められない。 その感情を、自分ひとりだけが抱くものだと思うことも、クルーゼにはできなかった。 人間は、嫉妬する生き物だ。 「もし、今、キラ・ヤマトの身体とあなたの身体を交換することができると言われたら、あなたはそれをする? 健康な身体と他者より優れた能力を持つ彼の身体を、自分のそれと置き換えたいですか?」 時折ニコルは、自分がラウ・ル・クルーゼの部下だったことを忘れてしまったような口調で、クルーゼに話しかけてくる。 今のニコルは、確かにクルーゼの部下ではなかったので、クルーゼはそれを不快には思わなかった。 「いや……。あんな枯れ枝のように細い身体では、おまえを満足させてやることもできなさそうだ」 代わりに、彼も、ニコルを『おまえ』と呼ぶようになっていた。 これほど深く身体を交え、奥の奥まで自分の心を見透かしてくる相手に、“クルーゼ隊長”のままでいるのも馬鹿げている。 「そういう意味じゃなくて……! 真面目に答えてください」 まだ足りないと告げる代わりに、ニコルの脚に伸ばしたクルーゼの手を、ニコルは身体をよじることで遮った。 クルーゼは、そんな拒絶など無視して、ニコルの内腿に、その指を忍び込ませていったが。 「そうなったら、おまえはどっちの私についていくんだ」 「キラ・ヤマトの身体を持った方」 「ろくに満足させてもらえなくてもか」 「ん……っ!」 ニコルが再び身体をよじったのは、クルーゼの指のいたずらをやめさせるためではなかった。 「ぼ……くは、隊長の心の方について行きますから。そんなことより、どうします? 本当にそうすることができるのだとしたら──ああ……ん……」 ニコルの吐息が、また蜜のような甘さを含みだしていた。 クルーゼのいたずらに、ニコルが、少し怒っているような──瞳を潤ませて──表情を作る。 そんなニコルに大仰に肩をすくめて見せてから、クルーゼはニコルの身体を抱き寄せた。 彼の要求に応えて、少しばかり真面目にその問いかけの答えを考えてみる。 答えは、やはり、『否』だった。 導き出した答えを告げると、ニコルは嬉しそうに、そして、やわらかく微笑した。 「この世界に──生まれてしまったら、それが自分でしょう? 自分を創った者の思惑なんて、生まれ落ちた命には何の関係もない。そうして、人は、たとえ自分が他者より弱くても、劣っていても、愚かでも、必死に自分自身を育てていくんです。自分より優れている人が妬ましくても、自分が誰かに劣っていることが悔しくても、それを逆に力にして。いろんなことを経験して、その経験からいろんなことを学んで、そうして育ててきた自分自身を、人はそう簡単に放棄したりしない。誰だって、そんな自分が可愛いもの」 「おまえは、自分自身が何もかもに恵まれていたから、簡単にそんなことを言えるんだ」 「でも……自分を出来損ないだと思い込んでいるラウ・ル・クルーゼは、最高のコーディネーターであるキラ・ヤマトにはなりたくないんでしょう……?」 その答えを否定だけはしないでくれと、ニコルの眼差しは、クルーゼに訴えていた。 まるで、見捨てられかけた子猫が、自分を見離そうとしている飼い主にすがるように。 「あの遺伝子──能力と可能性は欲しいと思う」 「そんなもの! 誰かに力を恵んでもらって、あなたはそれを喜べるの !? 自分が努力して得たものだからこそ、人はその成果が嬉しいんです! 僕は、措置をすれば直せる身体の障害をわざと直さずにいる人を知っています。イザークだって、あの顔の傷を消そうとはしなかったでしょう? たとえ、それが間違っていても、無意味ですらあっても、人は、自分が、自分の力で得たものが、自分の手で掴んだものが大事なんです。そうして得たものにこそ意味があるんです!」 それは持てる者の理屈だ――と、クルーゼは思った。 完璧な装備を整えた軍艦に乗った者が、移動のために自分の脚しか持っていない者に対して、同じ星に辿り着こうと誘っているようなものだ、と。 そうして一気に数万光年を進んだ者が、ほんの数キロを歩き通した者の努力を認めたところで、認められた者は屈辱をしか感じないだろう。 「同じだけの努力をして、その成果が全く桁違いなのでは、生まれながらの才能で劣った者はやりきれまい」 「誰に評価されたいの。どうして、他人と較べるの。そんなに誰かに褒めてほしいのなら、僕がいくらでも隊長を褒めてあげます!」 「では、さしあたって、この手を褒めてほしいものだな」 クルーゼが、今度こそ、形ばかりの拒絶など無視して、その手をニコルの身体に絡みつかせる。 「そうじゃなくて……! そうじゃなくて……ああ……っ」 ニコルは、それでもしばらくはクルーゼの愛撫に抗おうとしていたのだが、クルーゼがニコルの身体の中心に絡みつかせた手は、さほどの時間をおかずに、ニコルから言葉を奪ってしまった。 |