午後になると、明日の招喚式の打合せのためにナディンとアルディも神域に連れていかれてしまい、ナキアは与えられた部屋に一人戻った。
 一通りこの広大な神殿王宮の案内をしてもらったおかげで、自分の部屋が西側居住区の最も南の端にあることがわかっていた。神域と中庭を挟んで、ずっと離れた東の建物にバーニがいるのだということも。
 布の張られた杉の椅子に腰をおろし、エリドゥの都に面して南に向いた窓から外を眺めながら、ナキアは長い溜め息をついた。高揚感と落胆が入り混じった、深い溜め息だった。
 シュメールたちが示してくれた親しさの心地良さと、バーニにはもう直接会うことは叶わないのかもしれないという失望。二つの相反する感情が、ほとんど同じ強さをもってナキアの胸中でせめぎあっていた。
 窓の外には、朝方白く都を霞ませていた靄も消えさって、青い空の下に巨大なレンガの町が広がっている。昨夕は人っ子一人いなかったジッグラトの南側の麓にある広場に、たくさんの人影がうごめいているのが見てとれた。
「何か始まるのかな…」
 一人言のつもりだった呟きは、ちょうどナキアの部屋に新しい敷き布を持ってきたイナの耳に入ることになった。
「あ、あれは、明日の招喚式を見物するための場所取りをしようとしている人たちよ」
 ナキアの後ろから窓の外を覗き見たイナが言う。
「見物? 明日の招喚式って、神殿の中でやるんじゃないの?」
「まさか! 候補者だけでも、我等が国土の至る所から何万人とやってくるのよ。いくらこの神殿が広くても収まりきるもんじゃないわ。それに、候補者を隔離して招喚式を執り行なうわけにはいかないのよ。一年前にウトゥ神座にお就きになったアルディ様は、候補者の中じゃなく、見物人の方に紛れこんでらっしゃったんですもの。ほら、あそこに――」
 イナは右の手を伸ばして、広場の端にある白い石の台を指し示した。
「花崗岩の台座があるでしょう。広場を囲むようにして六つあるの。あそこにシュメールの方々がお立ちになるのよ。できるだけシュメールを近くで見たいし、できるだけはっきり聖歌を聞きたいからって、候補者の資格がなくても紛れこんでくる人は多いみたい」
「資格があるの?」
「一度候補者として招喚式に臨んで選ばれなかった人は駄目みたい。あと、あんまり幼いのも駄目。赤ちゃんとかはね、課題の歌が歌えないもの。歴代最年少で選ばれたのが、あのナディン様よ。九歳になったばかりの時。あの時は陛下の戴冠式とナディン様のお披露目式が重なって、都中が浮かれてたわね。陛下もまだ十九歳とお若くて凛々しくて、もう我等が国土の期待の星! って感じだったし」
 その時の興奮がいつまで経っても忘れられず、王の凛々しさと六人揃ったシュメールの美しさに憧れて、自分は無理やりこの神殿にあがりこんだのだと、イナは言った。
 そしてまたイナは、ナキアが普通では考えられないほどの特別待遇を受けているということも教えてくれた。これまで王以外の人間がシュメールと食事を共にしたことなど一度もなかったのだそうだ。シュメールは仲間同士の結束が堅く、その中に他の人間の意思が交わることを好まない――というのが定説になっていたらしい。
 イナは、ナキアを羨ましがっていた。そして、次のニンフルサグの座のシュメールになる少年(あるいは青年)への期待に胸を躍らせていた。あの美しい五人に新しい仲間として迎え入れられるのはどんな人なのだろうか――と。






[next]