招喚式が終わるとナキアたちは神殿内に戻り、神に感謝の祈りを捧げると称して、神殿の中心部にある神域に入った。
 神域は、招喚式の行われた広場の小型模型のような場所だった。正面の一段高いところにある玉座と、運命を定める七神の神像が七角形を作って広い空間を囲んでいる。広場と異なるのは、立錐の余地なく民衆が集っていた場所に長い木製の卓が五列ほど並んで置かれていることだけだった。毎朝その卓に沿って神官や行政官たちが並び、シュメールの歌を聞いた後、私欲のない善政を敷くことを神に宣誓する儀式が執り行われる場所。
 バーニが神域の入口に当惑して立っているナキアを神域内に導き入れてくれた。
「――少女のシュメールとは前代未聞のことだが、皆が認めたのだ、間違いはあるまい。ナキア、これから私の力になってくれ。王と六人のシュメールは七神一座、我等が国土の平和と民の幸福は、我々の肩にかかっているんだ。王と民の心を善き方向に向かわせるのが、これからの君の仕事だ」
「……」
 バーニの助力の申し出に、ナキアは何と答えたものかと迷ったのである。
 バーニの瞳に優しい光を見いだすことができるほど彼の近くに戻ってこれたのは嬉しい。自分一人に向けられたバーニの声を聞くことができるのも嬉しい。嬉しいことは嬉しいのだが、しかしナキアは不安だった。
「私……バーニの力にはなりたいし、私がみんなの仲間だったんなら、それもとっても嬉しいけど、でも、私にはあんな力はないし、こんなにみっともないし……」
「あんな力って?」
 落胆に目を伏せたナキアに、ナディンがにこにこしながら尋ねてきた。
「私の頭に直接みんなの声が聞こえてきたのよ。ここに来て歌え…って」
 ナキアの答えにナディンの笑顔は一層華やいだ。
「それが聞きとれるのがシュメールの力なんです。普通は漠然とした意思を感じとれるだけで、はっきり言葉としては聞きとれないんですけど…ナキアさんは、僕たちより力が強いのかもしれません。今日はね、僕とナイドが『歌って』って呼びかける役で、イルラたちは民を鎮める役だったんです。ナキアさんに届いてよかった…」
「君の声も聞こえたよ。戸惑いと混乱とナディンを心配する気持ちと陛下の側に行きたいという気持ちと――そんなのがごっちゃになっていたな」
「恰好なんて気にすることはない。アルディが選ばれた時、アルディは泥だらけで、しかも両手にニンダと梨の実をしっかり握りしめてたんだからな。俺はあの時は目眩いがしたぞ、本当のところ」
 イルラとウスルもそう言ってナキアに笑いかけてくれた。とばっちりを受けた体【てい】のアルディが口をとがらせる。
「若いのって辛いよなー。おっさんたちが初めの頃どんなだったか知らねーんだから」
「気にするな。ナイドが選ばれた時、こいつはおまえの百倍も可愛げがなかった。少しも物怖じしてなくて、選ばれて当然って顔をして、先代より傲然と構えてて」
 ウスルがアルディをなだめるためにそう言うと、ナイドがぷいと横を向く。
「もう十七近かったんだ。可愛い振りができる歳じゃなかった」
「それはそうだが…」
 みんなが――仲間たちが――ナキアの不安を振り払うために交わす軽口が、それまで戸惑うばかりだったナキアの口許に微笑を運んできた。イルラがそれを確かめて、ナキアに告げる。
「次の月例祭が君の披露目式ということになる。これから一ヵ月間は猛特訓を受けてもらうぞ。ウスルからシュメールの義務と歴史について講義を受けて、聖歌の方はナディンがいいかな。音域も近いし。ナイド、それまでに衣装の見立てを頼む」
 神が孤独な孤児のために用意してくれた運命と美しい仲間たち。ナキアは感謝の気持ちでいっぱいだった。今のナキアはまだ祈りの言葉も神を讃える歌も知らなかったが、この神域が人が神に近付くための場所だというのなら、この感謝の気持ちを神に受け取ってほしいと、心から願ったのである。
「シュメールは…肉親よりも強い絆で結ばれている。もう君は一人ではない。学ばねばならないことが多すぎて、重荷に感じることもあるかもしれないが、その時には必ず君の仲間たちが君を慰め、励ましてくれるだろう」
 バーニの言葉に瞳を潤ませて、ナキアは力強く頷いた。






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