「ナキアさん!」
 いつもみんなで朝食をとっている中庭に張り出した露台に行くと、そこにはもうナディンとアルディしか残っていなかった。年長組は既に食事を済ませてしまったらしい。
「遅かったですね。陛下は何ておっしゃってました?」
「え…あ、あの…とっても上手だった…って褒めてくれたわ」
「ナキアさん、頑張りましたから。僕も鼻が高かったです」
 にっこり笑ってそう言うナディンの横で、アルディもまた先輩顔をして頷いている。ナキアは自分の分のニンダを一枚アルディにやって、それからナディンの方に向き直った。
 ちょうど年長組もいないことだし、ナキアはナディンに確かめてみたかったのである。他の誰でもないナディンなら、自分の望む通りの答えを返してくれるに違いないと、ナキアは思っていた。
 ナディンの前で両の手を広げ、ナキアはどきどきしながらきいてみた。
「あの…ね、ナディン」
「はい?」
「あの…私の手、綺麗になったでしょ」
「はい!」
 嬉しそうに頷くナディンの顔を、ナキアはそっと窺った。ごくりと息を飲み、本命の質問をぶつけてみる。
「そっ…それでね、か…顔とかもき…綺麗になったような気がするの」
 目一杯どもりながら尋ねたナキアに、ナディンは罪のない笑顔で、
「ナキアさんは初めてお会いした時からずっと綺麗でした」
と至極あっさり答えてくれた。
「……」
 ナディンの邪気のない答えに、ナキアは思わず万歳をして石卓に突っ伏してしまったのである。ナディンの言葉は嬉しかった。嬉しかったのだが、ナキアはそういう答えを返してほしいわけではなかったのだ。『はい、とっても綺麗になりました』という答えを――ナディンならきっと、そういう答えを返してくれると思っていた――のである。
 突然石卓の上に突っ伏してしまったナキアを見て、ナディンが真っ青になる。
「ナ…ナキアさん? どうかなさったんですか? ぐ…具合い悪いの!?」
 慌てて椅子から立ちあがり、ナディンはナキアの背を摩りだした。
「どーかしたのか!?」
 ニンダを口にくわえたまま、アルディもナキアの側に寄ってくる。
「あ…ち、違うの。ごめんなさい、ナディン。何でもな……」
 ナディン以上に慌てて、ナキアが顔をあげた時。そこには、いつのまに戻ってきたのか、イルラたち年長組の姿があったのである。
 ナキアはかーっと頬に血がのぼるのを自覚した。
 今のやりとりを、おそらくイルラたちは聞いていたに違いない。ナキアはばっと勢いよく席を立つと、何も言わずにその場から逃げだした。
「ナ…ナキアさんっ!」
 驚いてナキアを追おうとしたナディンを、イルラが引き止める。
「ナディン。大丈夫だから、追いかけちゃいけないよ」
「で…でも…」
「ナキアはただ、ナディンに『綺麗になった』と言ってほしかっただけなんだ」
「あ…」
 事ここに至って、ナディンはやっとナキアの意図を理解し、自分の鈍感さに恥じ入ることになったのである。真っ赤になって俯いてしまったナディンの頭の上で、ナイドがぽんぽんと手を弾ませた。
「しかし、女の子というのは面白いものだな」
 ナキアの走り去った方を眺め、イルラが含み笑いを洩らす。
 だが、ナイドは笑みの一つも見せず、ナディンの頭に手を置いたまま、半ば蔑むように横目でイルラを見やった。
「笑っている場合か。あれが綺麗になったのは、十分な栄養、過酷な労働からの解放、不安のない生活、そして、誰彼構わず優しい顔をしてみせるどこぞの王様のせいだぞ」
「何…っ!?」
 ナイドの言葉に、イルラとウスルの顔が強張る。ナディンとアルディもまた、目を見開いてナイドを見あげた。
「ナイド……」
 不安そうな表情のナディンを、ナイドは見ようともしなかった。






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