私的好物 [BOOKS]

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一覧


アルジャーノンに花束を

ダニエル・キイス(早川書房)

私はこの本を今まで2回しか読んだことが無い。

一度目は18歳の時。大学受験の前で自分が何者なのか、何ができるのか、何のために産
まれてきたのか悩んでいた頃である。そんな時この本を読み、月並みな言葉だが本当に心
が震えるくらい感動した。

2度目は29歳の時。個人的なことと仕事の両方で行き詰まってしまい、「引きこもり」
のような状態だった頃である。そんなに感動した本をその時まで読まなかった理由は、自
分の中の何かが死んでしまったことを認めたくなかったからかも知れない。しかしそんな
心配は無用だった。例え私が何かを失っていたとしても、この本はそれを十分に埋めるほ
どの力を持っていた。そして私に生きる為の勇気を与えてくれた。

この本にこれ以上の言葉はいらないだろう。この地球上でもっとも美しく、もっとも力強
い物語である。


麻雀放浪記(1〜4)

阿佐田哲也(角川書店)

私が麻雀に嵌まっていた頃に、何十回と読み返した麻雀小説の傑作。麻雀が好きな人には
勿論であるが、麻雀を知らない人にもお勧めできる人間ドラマである。4巻それぞれの書
き出しが非常に上手く、すぐに話にのめり込んで行く事ができる。

麻雀というギャンブルに全てを賭けた人間たちの物語である。結局、私自身はギャンブル
にのめり込む事がなかったので、本当の意味では彼らの生き方は理解していないのかもし
れない。でも一つの事に自分の能力と時間の全てをつぎ込み破滅して行く様に心が動かさ
れる。

通常ギャンブル小説の主人公は勝っている場面がほとんどであるが、この小説の主人公達
「坊や哲」や「ドサ健」は負けている場面の方が圧倒的に多い。勝負事は勝ち負けが全て
では無いという、自分自身もギャンブラーであった阿佐田哲也の人生観が伺えるようであ
る。


追いつめられた天使

ロバート・クレイス(新潮社)

「タフでなくたって生きていける。でもユーモアのセンスがなくちゃ生きている資格はな
い。」チャンドラーの名台詞を捩ったモットーを持つ、どんな時でも自分の信念をまげな
いロスの私立探偵エルヴィス・コールが活躍するハードボイルド。

どんな時でも忘れないユーモアとアクションシーンの面白さが、私が大好きな松田優作の
「探偵物語」を思い出させる。「信念を持ったお調子者」エルヴィスが16歳の少女を救
うために活躍する本編は文句無しに面白い。また16歳という難しい年頃の少女達の微妙
な心の動きが見事に描き出されている。

また事件の発端となった「ハガクレ」(元禄時代に書かれた鍋島武士の日頃の心掛けを書
いた本「葉隠」をモチーフにしているのだろう)を中心に日本の「ブシドー精神」を描い
ているところも興味深い。

このシリーズは全部で6作出ているが、どれも面白いので一度は読んで欲しい。私が今、
一番気に入っているシリーズである。


この国のかたち(1〜6)

司馬遼太郎(文藝春秋)

「天下国家」というものを語ることは、もう過去のことになってしまったのであろうか。
「天下国家」を語らせるのを政治家や官僚だけに任せておいて良いのだろうか。もちろん
人は国家に殉ずるべきではない。しかし何も考えないのであれば、どうされても文句が言
えないってことだ。何も教えてもらえなかったからと言って、自分には何の責任もないと
いうのは間違っている。

司馬遼太郎はこの本の中で天下国家を語っている。日本人について語っている。読み進め
ていくと、最近の日本人が忘れ果てている第二次世界大戦前の日本人が持っていた「よき
人」というものについて考えさせられる。

人間はどう生きるべきか、その一つの答が示されている。日本人であるならば、是非一度
は読んでおきたい。そしてこの国の未来の事を考えて欲しい。


ロックス

山川健一(集英社)

自身もロックバンドを率いる山川健一のロック小説。ロックに魂を奪われた者達の物語。
仲間に裏切られ、ドラッグによって自分自身をも失ってしまいそうな中で、ロックのビー
トだけで生きる「アキラ」と、ギターを買うためにコンビニを襲った「オサム」。自らを
「クズ」と呼ぶ彼らは、自身と回りの人間を傷つけながら、本当の音だけを探していく。

この本の中で語られるロックは、音楽としてのロックとスピリットとしてのロックと2通
りに描かれている。ロックとは音楽の事だけをいうのではない、それは生き方の問題であ
ると。生きていく勇気が少し足りなくなった時、私はこの本に勇気を分けて貰っている。


デッド・ゾーン(上・下)

スティーヴン・キング(新潮社)

私はキングが好きなので、日本で出版された著作のほとんど全てを読んでいるが、その中
でも一番ではないかと思われる傑作である。

交通事故に遭って4年間眠りつづけた男が、目覚めたときには手に触れた物の所有者や関
係者の過去や未来の運命を感じてしまう超能力を身に付けてしまっていた。以前の恋人は
既に結婚しており、その超能力によって仕事も失って、彼は世間から追いつめられていく。
そうした中においてもクールにユーモアを忘れず、力強く生きていこうとするが...。

超能力という非科学的なプロットを用いてはいるが、この話は決して荒唐無稽な物語では
ない。物語にでてくる様々なプロットは、人間がどのように生きるべきかという方向を示
している。最後には人類の未来という重大な選択肢を迫られて、自分の命を犠牲にした彼
の生き方に涙なくしては読み終える事はできないだろう。


竜馬がゆく(全8巻)

司馬遼太郎(文藝春秋)

明治維新の立役者の一人、坂本竜馬の伝記的歴史小説。時代の遥か先を見通した眼力によ
り、迷走していた幕末を鮮やかに駆け抜け収束させていった人間的魅力が見事に描き出さ
れている。私などが評するまでもなく、ベストセラーにもなった司馬遼太郎の傑作である。

時代は再び混迷している。能力の無い施政者と関心の無い国民により、時間だけが空しく
費やされている。我々は再び坂本竜馬のような人物を待たなければならないのか?我々自
身には何も出来ないのであろうか?


今夜、すべてのバーで

中島らも(講談社)

自らもアルコール依存症であった中島らもが書いたアルコール依存症の男が主人公の本。
そのためこの本の内容はリアリティに満ちている。また突き放したような乾いた文体が良
い。

人は何故アルコールを飲むのか。また何故アルコールが必要になるのか。これはアルコー
ルだけの問題ではない。煙草、ドラッグ、その他の依存性を持つ嗜好品全てに関する問題
である。何故依存症になるのか?その理由は専門家ではない私にはわからない。

しかしながら全ての人が何かの依存症になってしまう可能性はゼロではない。それは人間
が人間らしく生きていくための宿命なのかもしれない。自分が何かの依存症になった時に
どのように対処すればよいのか、一度は考えておく必要があるのではないか。

その必要性を感じた人は、この本を読み、その中に出てくるウィリアム・バロウズの話を
読んで何かを感じて欲しい。


グイン・サーガ(全100巻予定)

栗本薫(早川書房)

100巻で完結予定の正統派ヒロイック・ファンタジー(作者自らが100巻では終わり
そうにないと言っているが)。記憶を失ってルードの森に現れたグインが自ら正体を探し
て中原を流離う物語である。

王族から庶民、魔物まで、たくさんの登場人物が運命に振り回されながら、それぞれの思
いを抱き行動する中で、時に剣と魔法の世界を、時に国々の戦争を、時に愛憎を描いてい
く。

長編小説ならではの様々に絡み合うストーリーと緻密に描かれた世界観を味わうことがで
きる。長い話であるし万人に勧めるわけにはいかないが、このような世界が好きな人は読
んでみるべき。といってもそんな人はもう既に読んでいるだろうが。


消えた少年

東直己(早川書房)

ススキノの探偵である<俺>が活躍するシリーズの第3作。日本では珍しいユーモアあふ
れるハードボイルドである。緻密に描かれたプロットと会話。そして知性あふれるユーモ
ア。生き生きとリアルに描かれる登場人物。全てが素晴らしい。

正義感が強く酒が好きな<俺>が、おぞましい犯罪に巻き込まれた少年を助けるためにス
スキノの街を疾走する。勿論ハードボイルドの必需品であるアクションシーンもリアルに
描かれている。

この作品の後書きの対談で著者も語っているように、ユーモアとは高い知性が支えるもの
である。人間は時にとても愚かな事を犯す。いつもいつも笑い飛ばすだけでは駄目だが、
時には笑い飛ばす勇気も必要だ。「笑門福来」。昔の人の知恵は偉大である。人間だけが
持ち得るユーモアのセンスを私も大事にしていきたい。


河童が覗いたインド

妹尾河童(新潮社、講談社)

まずこの本を読み始めて吃驚することは、全ての言葉、挿絵が著者の手による手書き文字
と手書きの絵によって構成されている事だろう。丹念に書きこまれたタージ・マハールや
街の人々の姿は驚嘆の一言である。また著者が「少年H」の目線で興味の向くまま、色々
なものについて書かれた文章は味わいがあり、またとても面白く読む事が出来る。

私は今のところ海外に行きたいと思わないのだが、インドだけはいつか行きたいと考えて
いる。いわゆるインドのガイド本の類いは良く読んでいるのだが、この本ほどインドに行
ってみたいと思わせる本は他に無かった。やはり著者のいたずらっ子のようであり、それ
でいて暖かい視線がそう思わせるのであろう。


戦争を演じた神々たち[全]

大原まり子(早川書房)

日本SF大賞を受賞した作品とその続編を合わせた連作短編集。大原まり子独特の冷徹な
がらも優雅でユーモアに溢れた文章を、贅肉を殺ぎ落としたシンプルな美しい文体で描い
ている。視点を変えながら同じ主題が繰り返し描かれるこの作品は、間違い無く作者の代
表作であろう。

この本は凡百の文学作品よりも遥かに素晴らしい小説である。日本で翻訳されている海外
の作品と比較しても、SFとしても文学としても全く劣るところがないどころか、遥かに
高いレベルに位置している。この作品がSFということで評価が低い事は、この国のいわ
ゆる有識者の底の浅さを示していると言えるだろう。大原まり子はもっと評価されてもよ
い作家の一人である。

女性の感性でしか書く事ができなかったであろう、まるで詩のように美しく描かれるこの
物語を是非一度読んでいただきたい。


孤独の歌声

天童荒太(新潮社)

過去の経験により心に傷を追った孤独な人間達の物語。猟奇的な事件が綴られる中で「孤
独」という生き方が語られる。久々に一気に最後まで読んでしまった。それは私も孤独な
人間だからだろう。犯人の行いを肯定するわけではない。ただ犯人の生き方に心が揺さぶ
られる。

この本の中に「真実の相手が欲しいなら、まず自分が一人であることを、とことん認識し
なければならない。」という言葉が出てくる。単に孤独になりたくないだけで、誰かと四
六時中携帯電話で話しをしたり、出会い系サイトなどで薄っぺらい関係を作ったとしても
真実の相手は見つからないだろう。

孤独であるということは寂しい事だろうか?社会の中で群れている事だけが幸せな事なの
だろうか。私はそうは思わない。孤独という生き方を選び、孤独な生活の中で自分自身を
見つめる事で、自我が確立し他の人間と揺るぎない絆が出来るのではないだろうか。
(2002.1.1)

Copyright © 1999-2002 つり平

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