日記 2000年1月

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2000.1.31              続オークション

今日は「旭屋」で晩飯。美味し。これがラーメンというものだ。

Yahoo!のオークションだが、今日は競りに負けてしまった。「時間延長をしない」タイプ
のオークションだったのだが、時間寸前の入札が混んでいて間に合わなかったのである。
金額的には十分出せる額だったので悔しい。いやー、しかし負けると熱くなる。今、私の
一番のマイブームである。


2000.1.30              オークション

今日も仕事。私生活や論文でばたばたしていた分の遅れを取り戻している。それはそうと
最近、Yahoo!のオークションにはまっている。いろいろ落札しているのだが、12月、1
月と忙しくて、ストレスが溜まっていたせいか、かなりのお金をつっこんでいる。今度は
出品もしようと考えている。


2000.1.29              二両半

仕事をしてから、久しぶりにMtgの集まりに参加した。K氏が半年ぶりに登場した。帰
りに塩ラーメンがメニューに加わった「二両半」へ。私はラーメンの中では塩ラーメンが
一番美味いと思うのだが、大阪には美味しい塩ラーメンを出す店があまりない。で、食し
たところ、可もなく不可もなくといったところであった。チャーシューも美味いし、ねぎ
も多めにできるところは良いのだが、麺が根本的にだめなような気がする。スープもただ
塩辛いだけ。焼き飯も餃子もそこそこで、決して不味くは無いし、値段も高くはないのだ
が、何かもう一度行こうという気にならない店だ。


2000.1.28              串のや

よーやく論文が書きあがった。「串のや」にて晩飯。大海老唐揚、鯛の子、牡蠣、海老紫
蘇等など。全て美味し。


2000.1.26              論文

正月からいろいろバタバタしているが、その一つに会社に提出する論文の執筆がある。論
文といっても仕事上で経験した事をまとめるだけだが、厳しいチェックが上司から入れら
れて大変なのである。自分で言うのもなんだが、何かの役に立つような論文でもないのに
こんなに力を入れる必要があるのかと、夜中に書いているとふと思ってしまう。おかげで
HPの更新はできないし、本を読む時間もない。


2000.1.25              月の砂漠

今日は、この間父親を無くした友人Oからもらったメールを紹介する。

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「月の砂漠」って知っていますか?

父の好きだった歌に「月の砂漠」がある。好きだというくせに歌えばいつも最後には涙ぐ
んでいた。父が25歳ごろのこと、父の姉が父親のいない(理由は教えてもらえなかった)
子供を産んだ。今から40年以上前のことであるので、親子とも苦しい思いをしたようだ。
かといって実家は面倒をみてくれないので子供を父が預かり(数ヶ月であるが)育ててい
た。周りから「それでは、おまえの子のように思われて嫁の来てがないぞ」といわれてい
たようだ。

ある日、来週の給料日には、すきなおかしを買ってやるとたわいのない約束をした。当日
になって、うっかりその約束を忘れて飲みに行ってしまった。駅に10時頃に着くと、冷
たいアスファルトの上に子供がなにも言わずにすわっていた。その時間に開いている店な
どなく、泣きながらあやまってその日は一緒のふとんで寝た。翌日すぐにお菓子屋につれ
ていくと、いつもは聞き分けのよい子供が「これ」と「これ」と「これ」と「これ」とと、
とても食べきれる訳のないお菓子を指さしたのを見て、よほどいつもはがまんしてたと思
うと涙が止まらなかったという。

数ヶ月して母親が子供を迎えに来た。子供を里子にだすという。「自分が引き取る」とい
うも嫁がおるんやったらともかく今のままではだめだとことわられた。別れの時に子供が、
「こわこわ(父をこう呼んでいた。)、ぼくな、明日からOや無うなるねん。そやけどな、
ぼくにな、お父さんができるねん。」といった。飼っている小犬のほか友達はなく、周り
から「ててなしご」といつもいじめられていたのでそう言って納得させたのだろう。

その子供が好きな歌が「月の砂漠」だった。

去年、父の具合が悪くなったので母が消息を調べて会いに行った。あいにく留守だったの
で、父の容体と逢いたがっていること、連絡先を書いたメモをポストに入れた。そのこと
を父に告げると「電話かかってくるかなあ」と心待ちにするも連絡はなかった。

いよいよ、父の容体が悪くなってくると母が手紙を書いた。「月の砂漠を覚えていますか?
私はあなたを知りませんが40年前から主人がいつもあなたのことを気にかけています。
もしよろしければ逢っていただけないでしょうか?」と。

しかし、父の容体は急変し手紙は投函されることなく帰らぬ人となった。
今は送り主のいない手紙だけが残されている・・・。


2000.1.22              一誠

今日は「一誠」にて食事。インド鮪の中トロ、赤身お造り。蟹茶碗蒸。河豚の白子造り。
蟹天婦羅。穴子白焼き。牡蠣雑炊。

祖母は危ない状態は脱したが、依然CCUに入ったままである。このままでは外出する事
もできないので、携帯電話を購入した。前々から買おうと思っていたのだが、こういうき
っかけがなかったら実際に買うことも無かっただろう。


2000.1.18              入院

15日(土)の深夜に祖母が急性心不全で緊急入院した。CCUに入っており予断を許さ
ない状態である。そのためバタバタとしていて、阪神大震災の事など書きたい事もたくさ
んあるのだが、HPを更新する事ができなかった。


2000.1.15              1・2の三四郎

久しぶりにMtgの集まり。時間が無かったので全然調整できておらず、散々な結果だっ
た。帰りに本屋によると文庫版で「1・2の三四郎」が発売されていたので、即座に購入
した。昔、大好きだった漫画で文庫版で出るのを心待ちにしていた。


2000.1.14              餃子

今日は前のプロジェクトのお客さんとメンバーで京橋まで餃子を食べに行った。かりっと
焼けていて美味い。しかも安い。
話も盛り上がった。T平氏はいつも通り元気一杯だった。つくづく前のプロジェクトでは
変わっていて面白いメンバーが集まったものだとあらためて感心した。


2000.1.13              2000年問題

一応、コンピューター業界に身を置いている一員として、2000年問題の感想をまとめ
てみた。まず例によってマスコミが騒ぎすぎたと思う。まともな解説を行なわずに、危険
だと煽るだけでは何の意味もない。これはどんな問題でもそうなのだが、マスコミにジャ
ーナリストと呼べる人物が少なすぎるのではないか。視聴率や売り上げを気にするあまり、
人の耳目を集めるような話題ばかりを取り上げている。もう少し社会的な責任というもの
を自覚していただきたいと思う。今のままでは単なる野次馬にすぎないではないか。今回
の騒動の中で万が一のために備蓄しておく必要があるという話が方々で出されていたが、
これもどうかなと思う。万が一のための備蓄なら、2000年問題に関係無しに行なう必
要があるからだ。もうすぐ阪神大震災が起こってから5年になるが、あの時の教訓は何も
生かされていないということではないか。


2000.1.11              責任

最近、人を襲う事件が相次いでいる。その中でも小学生や中学生を刃物で殺傷している人
間がいる。こういった事件の時によく精神的に病んでいため責任能力がないという結論に
なることがままある。しかし明らかに自分よりも弱いものを殺傷している人間がどうして
責任能力がないのだろうか?彼らは立派に判断して殺害を行なっているではないか。また
そのような人間にも人権があるとか、反省し立ち直る機会を与える必要があると発言する
人が存在する。しかし軽犯罪ならともかく殺人を犯したような人間に人権は存在するのか?
人を殺しても反省すればそれでいいのか?権利というものは義務を守った者だけが得る事
ができるものである。また精神的に病んでいようと立派に生きている人達の方が大多数で
はないか。精神的に病んでいることが犯罪を犯して良い理由になる訳がないし、それで責
任能力がないという方が差別ではないのだろうか?


2000.1.8              てっちり

今日は「玉寿司」でてっちり。河豚の白子焼き。てっさのしゃぶしゃぶ。はげの肝。鮑と
帆立のバター焼き。値段はかなり高かったが、出て来るものがちゃんとしているので、結
果的にはお得と言える。


2000.1.5              生と死

今日、数少ない友人であるOの親父さんが亡くなった。Oとは高校時代からの友人である
が、親父さんにも昔から可愛がっていただき、よく怒られた。他人を叱る事ができた最後
の世代の人であった。

人は死ぬ。ただそれが早いか遅いかだけの違いでしかない。人生が短かろうが長かろうが、
その中で何かを成し遂げようとも成し遂げていなくとも、金持ちであろうと貧乏であろう
と、死だけは平等に訪れる。ただOの親父さんに黙祷を捧げたい。


2000.1.3              謹賀新年

皆様、明けましておめでとうございます。旧年中に日々の戯れ言を書き散らかしたような
このHPを見ていただいた方々に感謝いたします。2000年問題も大きな問題は発生し
ていないようで、ひとまず安心というところでしょうか。

今年の正月はずーと家にこもりっきりで、万が一のための2000年問題対応のための自
宅待機と会社に提出する論文を書いていた正月であった。やはり休みと言う事でGeoc
ityが無茶苦茶混んでいた様で、UPすることもできなかった。

Copyright © 1999-2002 つり平

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