晴耕雨読

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だれが「本」を殺すのか
佐野眞一(新潮文庫)

どうしても読みたくなるような本が出版されることが、ここ何年もない。読んでから誰か
にこの面白さを伝えたいと思うような本にもなかなか出会えない。私は一ヶ月に本代に最
低2〜3万円は費やしているヘビーユーザである。仕事が忙しくて余裕がほとんどない状
態であっても本を全く読まない日はない。

この本は出版不況についての状況を、綿密に調査して克明に記したルポタージュである。
書店、流通、版元、地方出版、編集者、図書館、書評、電子出版等々、様々な視点から本
が売れなくなっている現状を記している。

どうして本が売れないのか?私見を述べさせてもらうと、売り上げを伸ばすための方法論
が間違っていること、読みたい本が出版されないこと、そしてこの本にも書かれているよ
うに、長引く不況の影響である。

本を読むことが好きな人にはぜひ一度読んで欲しい本である。そしてどうして本が売れな
いのか考えて欲しい。
(2004.8.1)

探偵はひとりぼっち
東直己(ハヤカワ文庫)

ススキノの街を飲み歩く正義感とユーモアにあふれ涙もろい<俺>が活躍するハードボイ
ルド・シリーズの第4作。今回は友達のオカマのマサコちゃんが殺された事件に挑む。

事件には北海道出身の大物代議士が関係しているという噂が流れ、警察もあたり障りの無
い捜査を行い、誰もが口を閉ざしている中で<俺>は調査に乗り出す。しかし知り合いの
ヤクザには脅され、怪しげな男達に襲われ、周りの人間にも友達にも見放されしまう。
でもそんな中でも弱い者の仇討ちの為に戦う姿は、涙なしには読むことができないだろう。

中盤にこんなセリフが出てくる。
「そんな世界に生きて、何が面白い。人のいい、善良なオカマを、数人がかりでなぶり殺
しにする、そういう連中をけしかける、そういう男が代議士だから罪を問われない、そん
な世界に生きて、何が面白い。そういう事情を知って、それで俺はどうやって偉そうな顔
をして生きて行く事ができるんだ?お前は、恥ずかしくないか?」

勿論、これは小説の中の話なので、現実的に実現するには難しい事もあるだろう。しかし
時には撤退する事があっても諦めない気持ちだけが、全ての物事を前進させる事ができる
のだと私は思う。
(2002.1.4)

曇りなき正義
ジョージ・P・ペレケーノス(ハヤカワ文庫)

「ワシントン・サーガ」に続いての新シリーズ。舞台は同じワシントンだが、今度は黒人
の50代の私立探偵が主人公となっている。白人警官に犯人に間違われて射殺された黒人
警官の母親から、息子の名誉をはらして欲しいという依頼を受けたところから話は始まる。

射殺した事により警官を辞めた男、黒人の麻薬ディーラー、凶悪な白人親子、悪徳警官な
どの登場人物を、細やかなディテールとリアルな筆致で描き上げるところはペレケーノス
の面目躍如といったところか。事件の背景を探るうちに、真相は人種差別という人間の心
の闇を照らし出して行く。

人は何故差別をするのだろうか。人種、生まれた場所、皮膚の色、性別、宗教、年齢、容
姿、学歴、身長、体重...。数え切れないありとあらゆる理由で人は他人を差別する。
自分の立場を有利にするために、自分より立場が悪い位置の人間を作り出す。

私の中にもどこかにそんな気持ちが隠れている。差別をするような人間にはなりたくない
と常に考えているが、ふとした時に自分の中の差別的な気持ちを見つけてしまうことがあ
る。そんな自分にがっかりして悲しくなるが、そういった差別的な気持ちを見つけ出し、
一つ一つ意識を変えていくことが差別を無くす事に繋がると思う。
(2001.12.9)

海は涸いていた
白川道(新潮文庫)

人は多かれ少なかれ、何かを背負って生きている。だからこそ他人に対してやさしくなれ
るのだと思う。この物語の主人公は過去に犯した罪を背負って生きている。

プロットが複雑な話ではない。しかし淡々とした語り口の中で登場人物の人生が語られて、
リアリティあふれる人間像が描かれている。特に主人公の生き方や考え方に多くのページ
が割かれていて、主人公の人柄が良く理解できて、その分だけ話に重みを増している。

過去がだんだん明らかになってくる話の展開と、ちりばめられた伏線が絡み合って、緩や
かな流れから一転して急展開に進められるストーリー展開も見事である。また色々な挿話
を入れるタイミングも実に良い。ハッピーエンドではないのだが爽やかな読後感が残る。
(2001.11.14)

愛しき者はすべて去りゆく
デニス・レヘイン(角川文庫)

私は子供をターゲットにした犯罪を許す事ができない。幼い頃に父親に捨てられたから余
計にそう思うのかもしれない。これは誘拐された少女の物語である。

この世の中には子供に対する悪意が充満している。親に虐待されて死んだり、体も心も傷
ついている子供がいる。その子供達がまた自分の子供を虐待する。それに対抗すべき法の
力はあまりにも弱い。この物語を読んでいるとそのことを深く考えさせられる。

子供の誘拐から始まった物語は、関わった人々に悲しみの種を蒔いていく。それが芽を出
し大きな木に育った時に、その悲しみの大きさに誰もが傷ついてしまう。悪意のある人は
その悪意のために、優しさを持った人も自分の優しさのために傷ついてしまう。自らの信
念と法の狭間の中で。

このような事を書くとこの本を読むのを躊躇う人がいるかもしれない。しかしそんな人に
こそ読んで欲しい。深刻な内容とは別にテンポの良い会話と無駄の無いストーリーが、読
む者をぐいぐいと話に引き込み、読み始めると止まらなくなる。読み終えて面白いと思っ
たなら、この作者の別の本を是非読んでもらいたい。
(2001.10.27)

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