「い……家出? 月ちゃんが? ど……どうして?」
その夜、遺伝子研究所から帰宅した瞬は、その事実を雪人から聞かされて蒼白になった。
「俺がふーとはなを寝つかせているうちにこっそり出ていったらしくて……携帯にメールが入ってたんだ。しばらく家を出る――って」
家出の理由に思い当たるところがないでもなかった雪人は、だが、瞬には事実の報告だけをして、自分の推量を披露するのは避けた。
それを瞬に言うべきかどうかは、氷河に相談してからの方がいい。

「月香は幸か不幸か利口にできてるから、シュンを心配させるようなことはしないさ。もうすぐヒョーガも帰ってくるだろうし」
「が……学校で何かあったのかな……。雪人くん、何も聞いてない? しばらく家を出る――っていったって、月ちゃんには行くとこないでしょ。お友達のところに突然転がりこんだりするなんてこと平気でできる子じゃないし、紫龍や星矢が今日本にいないことは知ってるはずだし……」
瞬は、何も起きないうちから、既に涙ぐんでしまっている。
雪人は、その涙に困惑した。

瞬は不思議なくらい歳をとらない。
DNAのテロメアに特別な処理を施せば、老化からも死からも永遠に隔絶された細胞を作り出すことができるという米国の研究者の論文を読んだ時には、瞬は自分自身にその処理を施しているのではないかと疑ったことさえある。
それほどに瞬の外見は幼い。
何も知らない人間が見たら、まず間違いなく瞬は雪人より歳下に見られるだろう。

雪人には、氷河が瞬を猫可愛がりする気持ちがわかりすぎるほどにわかっていた。
出会って恋に落ちたその時のまま変わらぬ姿と心を保ち続ける瞬に、氷河の恋は冷めることを知らないのだ。
本当に瞬が変わっていないのかどうかは、氷河ならぬ身の雪人には知る術もなかったが、少なくとも雪人自身は、今の瞬と違う瞬を過去に見たことがなかった。
――それはともかく。

その熱烈な恋の相手である瞬の涙を氷河が見たら、本当に月香は氷河にこの家を追い出されかねない。
可愛い妹のために、雪人は瞬の涙を止めるための努力を開始した。
「月香には行くとこあるだろ。ヒョーガが激怒して乗り込んでいっても、ヒョーガの敵は自分の友だっていう明確な論理で月香の味方をしてくれる人のとこ」
瞬をソファに座らせて、雪人はわざと冗談めかして瞬に告げた。
「普段はどこにいるのかちっともわからないのに、瞬が困ってる時には必ず現れる、訳のわからない変なおじさんち」
雪人の言葉に瞳を見開き、瞬は涙に濡れた睫毛で2、3度瞬きをした。






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