「今日は奴の誕生日なんだろう? 許してやった方がいいんじゃないのか?」 国宝平等院展の見物は、その場の流れで口にした方便だったらしい。 阿弥陀如来坐像や国宝の鳳凰像を、言い訳程度に流して見た一輝は、渋る瞬を連れて、その日の昼過ぎには城戸邸に戻ってきていた。 氷河と顔を合わせたくないと言い張る瞬を、仕方がないので自分の部屋に入れ、徒労の予感を感じつつ諭してみる。 瞬は、案の定、ぶるぶると激しく首を横に振った。 「許す !? 冗談じゃありません! 氷河なんて……氷河なんて、あんなモノこの世に送り出したのは、神様の最大の失策です! 氷河の誕生日なんて、僕にとっては呪われた日でしかありません! 氷河さえいなかったら、僕はいつまでも平和に兄さんの弟をやってるだけでよかったんだからっ !! 」 「……」 いつもなら兄の言うことにはどんなことにでも素直に頷く瞬がここまで片意地を張り続けるということは――。 (氷河の奴、俺を侮辱するようなことでも並べたてたのか…?) 瞬は、自分自身を非難されたくらいのことでは決して怒ったりなどしない。 瞬が本気で怒るのは、兄や仲間に危害を加えられたり、侮辱されたりした時くらいのものなのだ。 「しかし、瞬。その氷河を選んだのはおまえ自身だぞ。おまえが自分で考えて、自分で決めたんだ」 「……」 巣立ちを終えた雛鳥が生まれ育った巣を懐かしみ続けるのを見た親鳥は、そんな言葉で我が子を諭すのだろうか。 兄の言葉に、瞬は口ごもった。 「それは、だって……」 一輝の言葉は事実だったので、瞬は反駁することができなかった。 瞬が今こうして兄の羽の下に逃げ込もうとしているのは、ただの甘え、なのだ。 「だって、僕は氷河が……」 瞬は、自分でもよくわからなかったのである。 兄に比べれば、我儘で、軽率で、思いやりに欠け、理解力に欠け、分別にも欠ける氷河を何故こんなに――あんな言葉を投げつけられたくらいのことがこんなにも悲しいほど――好きになってしまったのか。 氷河が兄に勝っているところといえば、彼が一輝よりも瞬を必要としているという、ただその一点しかないではないか。 だが、それが――それが、瞬には、ひどく切なく、悲しく、そして嬉しく感じられたのだ――。 瞬は、いつも、誰かのために生きていたい人間だったから。 「だって、僕は氷河が……」 瞬が、兄の前では、その先を決して言葉という形にしないことを知っている一輝は、苦笑いで、瞬の力無い抗弁を遮った。 「適当にお仕置きをしたら許してやるんだな。馬鹿は馬鹿なりに反省もしているだろう」 「……」 長い――長い沈黙の後、瞬は兄に小さく頷いた。 そして――。 |