――そうして、半日。
身体よりも凍えている心だけを手にして、氷河は空しく城戸邸に帰ってきたのである。
一縷の希望を抱いてはいたが、氷河が城戸邸の門前に辿り着いた時、瞬の部屋の窓に灯りは点っておらず、その事実が、氷河の疲労を一層激しくした。
音のない音を響かせて降り続く純白の雪。
雪を冷たいと感じたのは、氷河は今夜が初めてだった。
だが、彼は落胆してばかりもいられなかったのである。
白く染まりかけた城戸邸に、疲労困憊で帰ってきた氷河を迎えたもの。
それは、一輝の部屋から洩れ聞こえてくる、ピアノとオーケストラの滋味豊かな、そして甘い旋律だった。

氷河にとっては、大切な曲。
疲労の極致に達していた氷河を、その大切な曲は、しかし、今は氷河を総毛立たせた。
その曲は、一輝の部屋から聞こえてきてはいけない曲だったのだ。
「瞬っ !! 」
氷河が飛び込んでいった部屋の中に、氷河の危惧した瞬の姿はなかった。
代わりに、長椅子に横になった一輝が、一人のんびりとCDの説明書を眺めている。
「思っていたよりねばったな。一体何なんだ、この曲は。おまえらに合図音楽なんてものがあったのか」

降りしきる雪の中、何時間も外を走りまわっていたせいで、氷河の身につけていた薄手のセーターや髪は水気を含み、重い色に変わっていた。
哀れをもよおす氷河の姿に同情する色も見せず、一輝が身体を起こしながら尋ねてくる。
「これはそんな曲じゃない……! 瞬は? そんなことより、瞬は !? 」
わざわざ合図などしなくても、瞬の眠る場所はいつも氷河の隣りだったのだ。
昨晩までは、確かに。

「ふ……ん」
一輝が、まるで値踏みでもするかのように、びしょぬれの氷河の姿に、素早く視線を走らせる。
それから、彼は、
「まあ、お仕置きはこれくらいでいいか」
と呟いて、CDプレイヤーのスイッチを切った。

「瞬は貴様の部屋だ、最初から。貴様が瞬を捜すのを諦めて帰ってくる頃に、この曲をかけていてくれと言って、CDを俺に預けていった」
そう言って、一輝が氷河に手渡してきたもの。
それは、ラフマニノフの“パガニーニの主題による狂詩曲”のCDだった。
一輝は、その第18変奏を5時間も聞き続ける羽目に陥って、いい加減うんざりしていたところだったのだ。
それは、氷河にとっては、一日中聞き続けていても感動の薄れることのない特別な曲だったのだが。

瞬が、とにかく無事でいることを知らされて少々落ち着いた氷河は、そのCDを手に、自分の部屋に向かった。
まさか瞬がそこにいるはずがないと決めつけて、捜そうともしなかったその場所に。






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