AI あれば






「なんだ、これは」
氷河の前に連れてこられたのは、歳の頃15、6歳の、少女とも少年ともつかない、実に綺麗な造形物だった。
「ロボットだ、見てわからんか」
連れてきたのは、彼の幼い頃からの悪友で、氷河から見れば悪趣味極まりない長髪の、自称天才ロボット工学者、社会的肩書きはグラード財団機械工学研究所主席研究員――もっとも、氷河は単なるマッドサイエンティストだと思っていたが――名前は紫龍。

「わからん、人間とどこが違う」
「違うだろう。人間に、これだけ完璧な容貌を持ち得ると思うか」
「……」
マッドでも天才でも、日本語が使えれば、とりあえずの会話は成立する。
彼の連れてきた“もの”はともかく、氷河は彼の言葉自体には素直に納得した。
それは、確かに完璧な容貌を持っていた。
大理石に刻んだ彫像のように計算された美形というのではない。“それ”は、人間が理想とする善良さや純粋さを絵に描いて表現したような面差しを持った“もの”だった。

「どこかで会ったことがあるような気がするが」
「聖母マリアの絵か彫像だろう」
「聖母? 聖母がこんな子供の姿で描かれたことなどあるまい」
「しかし、この子の人工知能には“母親の愛”がインプットされている。おまえを母親のように愛するように仕組まれたロボットなんだ」
「……」
どこか意味深ではあるが表面上はにこやかに笑っている紫龍に、氷河は思いきり不審の目を向けた。

「貴様、何を考えている」
「まだ実験段階なんで、滅多な相手に使えないんだ」
しらを切り通すかと思われた自称天才は、存外素直に自分の魂胆を白状した。
「俺を実験台にする気か」
「ロボットは人間の友になりえるか、はたまた家族になりえるかを実践してみたいんだ。もし、それが可能だったら、家族の欠如で心的外傷を負った人間の心を癒す心理療法に役立つだろう」
「廃れた理論を持ち出すな」

氷河が唯一にして最後の家族を失ってから、既に20年が経っている。
顔も見たことのない父親が与えてくれた一軒家での一人暮らしも長い。
氷河は、家族の欠如感など意識することもなくなっていた。
「古典ではあるが廃れたことなどない理論だ。人は心の傷を他者に埋めてもらいながら生きていく動物なんだ。これでおまえがマトモな人付き合いができるようになったら、量産化も考えている」
「俺は、マトモな人付き合いができないわけじゃない。一人でいる方が気楽なだけだ。もっとも、貴様との腐れ縁がマトモじゃないことは認めるが」
「うむ。マトモじゃない部分があることは認めるんだな。なら、話は決まった。さあ、挨拶しなさい。これから、このデカい男がおまえの可愛い一人息子だ」

紫龍は、氷河の言をわざと曲解(あるいは、わざと言葉通りに受けとめて)、自分の作品を振り返った。
紫龍の作品が、にこりと微笑む。
「初めまして。僕、瞬です」
「……母親の一人称が『僕』か」
「倒錯的でいいだろう」
呆れたようにぼやく氷河に、紫龍はにやりと嫌らしい笑みを向けた。
「というのは冗談で……。最近のロボットはどこもかしこも出来がよくてな。女の姿をしたロボットを貸し出して、おまえが変な気を起こしたら困るから、わざと男の子のカタチで作ったんだ。俺が知りたいのは、ロボットが母親になれるか、愛を知らない孤独な男に愛を教えることができるかどうかだからな」
「……」

『孤独』という言葉は、孤独な当人が使うからこそ格好のよいものであって、他人の口から言われてしまうと、それには哀れみの響きが混じる――ように聞こえる。
氷河はムッとして、自称天才を睨みつけた。
「貴様のモルモットになどなる気はない」
あいにく、紫龍の耳は、自分に都合の悪い言葉は聞こえないようにできていて、彼は氷河の拒否を拒否した。

「家事もできる。完璧な母親だから、たまにドジを踏むこともあるかもしれないが、食事をする振りもできるし――それに、気に入らなかったらいつでも廃棄できるモノでもある。深刻に考えずに預かってくれ。俺の実験室も最近手狭になってきた」
「……」
要するに紫龍は、氷河の家を貸し倉庫代わりに利用したいだけのようだった。






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