「あの……」
可愛らしくも善良そうな面差しをしたロボットは、自分の創造主がいなくなると、おずおずと氷河の話しかけてきた。
「ロボット、か。おまえ、意思はあるのか」
アンドロイドなりヒューマノイドなり、それなりの呼び方もあるだろうに、創造主がロボットだと断言したせいでロボットにされてしまったロボットは、氷河に尋ねられるとこくりと頷いた。

「あります。氷河を愛しています」
「それはインプットされた愛だろう」
「人間の愛も、人が生きていくのに必要だから、人間が作ったものでしょう。それならば、愛のありようは存在によって様々です。ロボットなりの愛があってもいいではありませんか」
「……小生意気なロボットだな」

瞬が返してよこしたその答えは、氷河が抱いていたロボットという概念からは想像もできないものだった。
「すみません」
「いい。生意気なところが気に入った」
確かに、これは、今世間に出回っている家事用のロボットなどに比べれば、格段に優れた性能を持ったロボットなのだろう。
あのマッドサイエンティストが造ったものだけに、どこかに大きな欠陥があるのではないかという危惧もないではなかったが、その受け答えが気に入って、氷河はしばらく瞬を預かることにしたのである。
瞬の中にあるという『母親の愛』というものにも、少しばかり心が揺れた。


瞬は確かに理想的な母親だった。
母親らしい何をしてくれるというのでもないのだが、ともかくその眼差しにはいつも慈愛がたたえられていて、氷河の周囲を優しい雰囲気で包んでくれた。
瞬といる時に感じるそれは、優れた聖母子像を眺めている時の気分に似ていたかもしれない。
話しかけると、さすがにロボットだけあって小気味良いテンポで、気に障らない答えが返ってくる。
瞬が氷河に与えてくれる言葉は、いつも、計算して出した解答ではなく注意や忠告で、そこが母親らしいと言えばそうも言えた。

何より、瞬は、氷河に代償を求めてこない。
眠っている氷河を朝食の香りで目覚めさせ、家の掃除から様々な雑事までそつなくこなし、しかも礼の言葉一つ要求してこないのだ。
母親の愛がインプットされているというだけあって、瞬には、ロボットの冷厳さもなかった。
氷河の機嫌が悪いとうろたえてみせ、文句(大抵は氷河の我儘だったが)を言うと悲しげに涙ぐんでみせさえした。

瞬が人間と違うのは、愛情の代償を求めないことと、絶対に氷河に口答えをしてこないこと、だけだった。
日々の生活の中で、母親らしい忠告をすることはあっても、氷河が逆らってみせると、すぐに自分の意見を退けてしまう。
『氷河がそう望むなら』
――そう言って。






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