法的には俺のものである城戸家の扉は固く閉ざされていた。
俺が、その付近で唯一の宿泊施設である和風旅館に戻ると、そこには見慣れぬ訪問者が俺の帰りを待っていた。
それは、以前は城戸家に仕えていたという老婦人で、昨夜、城戸家の者は、彼女に鍵を預けて、あの屋敷を出ていったのだと言う。
未亡人に、鍵を俺に渡すように頼まれて、彼女はここにやってきたのだそうだった。
その老婦人に確かめたところ、当主亡き後の城戸家は未亡人と息子が一人いるだけだったという。
しかも、その息子はとうに成人していて、俺と大して違わない年齢らしい。

聞いた印象も、瞬とはまるで違っていた。
城戸家の一人息子は、前当主に似て質実剛健を形にしたような男だというのだ。
では、昨日、桜の花のように甘く微かな溜め息を洩らして、俺にしがみついてきた、あの小さな少年はいったい何者だったというのだろう。
本当に、桜の精だったとでもいうのだろうか――?


預かった鍵を手に、俺は城戸邸に入った。
家具はほとんどそのまま残っていたが、既に人の暮らしていた形跡は薄れていた。
当主のものだったのだろう書庫には、本がぎっしりと積まれている。
これだけでも一財産には違いない。
値打ちものの古書の間に、どういう訳か最新の遺伝学の書籍を集めた一画があった。


俺は、無論、手を尽くして瞬を捜した。
桜の里を離れ、都会に戻ってきてからも、俺は桜の夢から解き放たれることはなかった。
異郷から帰って来た途端に忘れてしまうには、瞬の面影はあまりにも美しく――あまりにも現実感のない夢幻のようで、だからこそ、かえって、俺は瞬を忘れることができなかったのだ。

いずれにしても、八方手を尽くしたが、俺は、結局瞬を見つけ出すことはできなかった。
興信所の者を幾人も雇い、俺自身、幾度もあの桜の里に足を運んだ。
しかし、近在の者たちは、堅く口を閉ざして、没落した家のことを語ろうとはしなかった。
探偵が提出してきた報告書にも、大して目新しい情報はなかった。
城戸の家の一人息子の年齢は25、亡くなった当主と正妻ではない女性との間にできた子供で、15年程前に城戸家に養子に入った――という報告が、俺が唯一新しく得ることのできた情報だった。

――そうして。
結局、俺に出来たのは、ほんの数日間の恋の形見に、あの桜の枝を手折り、東京の屋敷の庭の片隅に植えることだけだったのである。






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