どうしてこんなことになったのか。 瞬には、その訳がわからなかった。 それでも事実は事実であり、これが現実である。 瞬の前に、氷河が敵として立っていた。 しかも、どう見ても、氷河は本気で瞬に攻撃を仕掛けてきている。 その青い瞳には、殺意と言っていいほどに強い憎悪がたたえられていた。 (どうして……? いったい氷河に何があったの……?) 自分が死んでしまわないために、瞬は本気で氷河に反撃しなければならなかった──しなければならないはずだった。 だが、相手は氷河である。 本気になろうとして本気になれるものではない。 本気になれないのだから──あるいは、本気になっても──瞬は、自分が氷河に勝てるとは思っていなかったのだが。 数日前まで、瞬は、毎晩のように氷河に刺し殺されていた。 彼の圧倒的な力に捻じ伏せられることに歓喜し、喘ぐ夜を繰り返してきたのだ。 氷河にすべてを奪われ、支配される悦びを知っている身体が、本気になろうとする瞬をあざわらうように囁く。 『おまえが氷河に勝てるはずがない』──と。 実際そうだと思った。 氷河に殺されることはできても、氷河を殺すことは自分にはできない。 それは、瞬自身の死を意味していた。 氷河に刺し貫かれるあの歓喜のない命など、存在しても意味がない。 自身の命が危険に 晒されているというのに、本気になれずにいる自分に、瞬は焦れていた。 それは、氷河に意地悪で愛撫を中断された時の感覚に似ていた。 氷河の手は 彼の恋人の肌に触れていない──どこにも触れていない。 だというのに、まるで幻影の手に愛撫を続けられているように、身体は燃えあがっていく。 頂のない山を上に向かって駆け登っているように どんどん燃えあがり、だが決定的なものを与えてもらえずに、氷河の目の前であられもなく乱れていく、あの時の感覚に──それは似ていた。 氷河と闘うことは、彼とのセックスに似ていた。 しかも、決して終わらない、絶対に絶頂に至れないセックスである。 瞬は、氷河の攻撃を 彼に殺されてしまえば、命を奪われてしまえば、この葛藤が終わり、絶頂に至れるのだ。 それが瞬には わかり始めていた。 氷河が尋常の彼でないように、そんなことを考える自分も普通ではない──瞬がそう思った時だった。 「瞬っ!」 かろうじて闘い続けていた瞬と氷河の間に、星矢が割って入ってきたのは。 途端に氷河が、まるで闘うことに興味を失ったように、攻撃を中断する。 そして、彼は身を翻し、素早く瞬の前から立ち去った。 燃え立たせるだけ燃え立たせた瞬の身体を、その場に打ち捨てて。 |