「おはようございます、氷河!」 翌日、氷河は、上下にスライドする造りになっている木枠の窓をガタガタと開ける音と、その窓から部屋の中を覗き込んでくる瞬の声で目を覚ました。 昨夜手渡された輝く石の灯りだけでは良くわからなかった室内の様子を、今朝は柔らかい太陽の光で確かめることができる。 形の揃った淡い緑色の石が積まれた壁、木の寝台、単脚の丸い卓、椅子、ついたて。 卓の上にはガラスの水差しとグラス。 そこは、屋根も壁も家具も無いところでの生活に慣れている者には、閉所恐怖を起こさせるような“家”の“部屋”だった。 「夕べは良く眠れました?」 ちょうど胸のあたりに当たる窓の 彼の背後では、昨夜の中庭に、薄紅色の花が咲き乱れていた。 「ん……まあな」 豪奢というのではないのだが、温かく清潔な寝台は、それに慣れていない者には、あまり深い眠りを誘うものではなかった。 曖昧な答えを返してよこす氷河に、少し不安げな表情を向け、それから瞬は、気を取り直したように笑顔を作った。 「朝食、一緒にいただきましょう! 僕、食べないで待っていたんです!」 「……ああ」 何の見返りも期待できない異国の人間に、 それを不思議なことだと思いはしても、拒むことは氷河にはできなかった。 その親切を拒まれたら瞬は傷付いてしまうのだろうことが、なんとなくではあるが彼には推察できた。 食事は至って質素なものだったが、なにしろテーブルに着いて誰かと一緒に物を食べるという経験の持ち合わせがまるでなかった氷河には、それはそれで興味深いものだった。 兵も門も城壁もない城。 食事の給仕をしてくれたのは、どこぞの田舎家の女主人といった風情の中年の女性だった。 「王に──これから会えるか」 食事を終えた氷河が尋ねると、瞬はそれには答えずにテーブルに身を乗り出してきた。 「そんなことより、氷河。海の方に行ってみませんか? この城のすぐ下は、ちょうど波のない入江になっていて……」 「王がいるのは、奥の宮か」 「……」 あくまでこの国に来た本来の目的を見失おうとしない氷河に、瞬は僅かに恨めしそうな視線を向けてきた。 「……奥の宮の広間に玉座があります」 「今 会えるのなら、案内してくれ」 「はい……」 そうして案内された奥宮の広間は、この国の王城にふさわしく、小じんまりとした簡素なホールだった。 白い石の壁、白い石の敷かれた床。 空気がぴんと張りつめている。 一段高い所に玉座があったが、そこに王の姿はなかった。 王だけではない。その広間には、人のひとりもいなかった。 「瞬、王は……」 どこにいるのかと尋ねようとした氷河の脇を軽い足取りで擦り抜けて、瞬が玉座に歩み寄っていく。 不審に思っている氷河の目の前で、至って気軽な様子で玉座に腰を下ろすと、瞬は真顔で氷河に告げてきた。 「僕に、何かご用ですか」 氷河は絶句した。 |