日々は、至って平穏に過ぎていった。 恋人が美しく魅力的であれば、それは、“退屈”とイコールで結ばれることはない。 理想に走りたがる瞬に、極めて卑俗な人間観から忠告を与えることができることにも幾らかは意義があるのではないかと思いながら、氷河は瞬との生活を楽しんでいた。 人間が生活を――生きていることを――楽しむことができるという事実に、時に戸惑いを覚えながら。 「氷河――あそこに人が……」 氷河が“力”を手に入れて10日も経った頃、瞬の日課の国境の見回りに付き合っていた氷河は、そこで思いがけない男に会った。 「怪我をしてるみたい。手当てしてあげなくちゃ……」 丘を駆け下り、国境の気流を止めようとした瞬の肩を、氷河は慌てて鷲掴みに掴んだのである。 「瞬! 奴の手にしている武器は北部の――!」 「あれが誰だって、怪我をしている人を放ってはおけないでしょう!」 気負い込んだように そう言って、瞬が気流に向かい目を閉じる。 瞬は用心しなかったわけではなく―― 一応用心して、気流の中に 人が一人通り抜けられるほどの切れ間だけを作った。 瞬自身が国境を越え、仰向けに倒れている男の側に駆け寄る。 その男の全身に縦横無尽に残る傷は、武器によって負わされたものではなかった。 「生きているのか、まだ」 辺りに潜む人の気配のないことを確認してから、少し遅れて、氷河はその男の顔を覗き込んだのである。 瞬が小さく不安げな呟きを、氷河に返してよこす。 「氷河……。この人はもしかしたら、戦さを逃れてこの国に救いを求めて来た人じゃないかもしれない……。これは気流を越えようとして負った傷です……」 戦さに疲れ果ててこの国にやってきた人間が、この激しい気流を自らの力で乗り越えようとすることは、まずない。 その難事業に挑む気力があるのなら、その者はこの国に逃れてきたりなどしないはずなのである。 「多分、そうだろう。これは、北部連合軍の盟主の後継者と目されている男だ」 「え……?」 「戦いと その勝利こそが最高の価値を持つと、信じている男だ。こいつが戦さに 「氷河……」 気を失っているその男の脇に片膝をついたまま、瞬が切なそうな目をして、氷河を見あげる。 傷付き、地に伏している人間を、それがどういう種類の人間であれ、放っておける瞬でないことは、氷河とてよく知っていた。 しかし、今回ばかりは、相手が悪いのだ。 「氷河……でも、放っておいたら、この人、死んでしまいます……」 「……」 そして、その男以上に、瞬は氷河にとって 氷河は結局、瞬の懇願を退けることができず、その怪我人を肩に担ぎあげることになった――かなり乱暴に。 「う……」 怪我人が一瞬意識を取り戻し低い呻き声を洩らしたのは、その際の痛みのためだったろう。 城に辿り着いた頃に、助けてもらった礼の一つも瞬に告げて、くたばってくれるとありがたいのだが――という本音は、自分の肩の上の男を心配そうに見詰めている瞬の手前、氷河は口にすることはできなかった。 「痛むかもしれんが、しばらく我慢しろよ、アイザック」 代わりに氷河は、心にもない気遣いの言葉を肩の上の男に投げかけた。 |