花信風

- I -







「また……シベリアに行くの、氷河」
「ああ、しばらく帰ってくる」
「そう……」

彼はおそらく他の誰よりも自分に近しい人間だろう──他の誰よりも近しい存在になるだろう──。
そんな予感を否定されるのは、こういう時である。
「シベリアって、雪と氷しかないとこってイメージがあるんだけど、氷河、そんなとこに一人でいて楽しい?」
「故郷だからな、それでも。落ち着く」
「そう……なんだろうね。行ってらっしゃい……」

側にいる時には何を話すでもなく、触れ合うわけでもなく、だが、ただ側にいるというだけで、仲間としてであれ、そうでないものとしてであれ、通い合うものを感じるというのに、遠く、互いの間に長い物理的な隔たりがある時には、言葉も何もない仲間という繋がりがひどく頼りない。
言葉がなくてもいいのは、側にいる時だけだ──と、思う。
自分に向けられる氷河の視線に、温かさや熱っぽさ、切なさを感じ取ることができるからこそ、言葉がなくても彼の好意を確信できるのであって、一人遠くシベリアの地にいる氷河が、そこで誰を思っているのか、誰を見詰めているのかということは、瞬には察する術もない。
手を伸ばしても届かない場所にいる氷河の視線を追うことは、瞬にはできなかった。

「──帰れるところがあるって、いいね」
シベリアの白い大地は失った人の思い出に直結し、氷河が一定の期間を置いてシベリアに帰郷する事実は、彼がその思い出を求めていることを示している。
瞬は、氷河の故郷が嫌いだった。






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