かなりの時間をおいてから、ユーグを引きはがそうとして、シュンの細い腕に力が込められる。 「無駄だ。やめろ。もう放さん」 唇で唇に触れたまま、ユーグが言う。 「いやっ!」 シュンの柔らかい唇は、堅い拒絶の言葉を吐いた。 当然ではあったろう。こんな行為が“愛”のはずがないと、シュンは信じているのだから。 「放さないと言ったろう」 だが、こんなところから始めなければならないことをユーグは知っていた。 宗教という形式の中に愛はない。 シュンがすがっているカタリ派の禁忌を壊してしまわなければ、シュンは愛に辿り着けないのだ。 無力なシュンの抵抗を無視して、ユーグはシュンを抱きしめたまま、その身体を大理石の床に横たえた。 堅く滑らかな床に仰臥させられて初めて、恐怖が現実感をもって迫ってきたらしい。 ユーグの胸を押し戻そうとしていたシュンの手は硬直し、声を出すこともできなくなったシュンの瞳は怯えの色を浮かべた。 その表情が月灯りに照らされている。 シュンの目に、自分を組み敷いている男の顔は陰になって見えていないはずだった。 シュンの胸が、一度だけ大きく上下する。 それきりシュンは呼吸を忘れてしまったようだった。 恐れに全身を強張らせているシュンの首筋に、ユーグは顔を埋めた。 その首筋を嬲りながら、ユーグは、シュンの鼓動が尋常でなく速く打ち続けていることを、重ねた胸の感触で知ることができた。 シュンは未知の行為そのものより、むしろ、突然床に引き倒された驚愕に支配されていたものらしい。 ユーグの愛撫や口付けが思いのほか優しいのに恐怖の感情が薄れていったのか、シュンの身体は少し緊張を解いた。 そして、カタリ派完徳者に戻るための気力を奮い起こし始めた。 「は……放してください。こんな――神の教えに背くことをするつもりなのですか」 気丈といえば気丈だった。 だが、むしろシュンは、ユーグを――男というものを見くびっていたのだと言う方が正しい。 「神? 神とは、ローマの神か? カタリ派の神、それともイスラムの神か? ローマの神は肉体の交わりを禁忌にしてはいないし、イスラムでは同性間の交わりすら大目に見てくれる。おまえの信じている神だけだ、人と人が交わるのを禁じているのは」 ユーグの揶揄とユーグ自身とを押しのけようとして、シュンの語気は少し荒くなった。 「神は一人だけです! どいてください!」 ユーグの腕から逃れようと――逃れられると思い込んで、シュンはユーグの体重で動きを封じられている脚や腰を動かそうともがいている。 その隙にユーグは、シュンの首筋に手を忍ばせ、麻の上衣を肘に向けて引き下げた。 シュンの左の肩と腕、そして胸とが、月の光の中で露わになる。 ユーグはその白さに息を飲んだが、彼の下から逃れ出ようともがいているシュンは、それに気付いた様子もなかった。 夏の夜の暖かい空気が、着衣と同じ感触でシュンの肌を包んでいたからだったろう。 「神は一人だけだ。誰もが自分の内に、自分に都合のいい神を一人だけ飼っている。その一人だけだ」 ユーグはそれ以上、神の悪魔のと御託を聞く気も並べる気もなかった。 シュンの右の肩を覆う布を剥ぎ取るように引きずり下ろし、その胸の突起に歯を立てる。 同時に素早くシュンの内腿を撫であげて、その中核に辿り着いた。 一瞬のうちに一度に与えられた数種類の感覚にシュンの身体は戸惑い、同時にさっと粟立った。 少し遅れて、自分の身に何が起こったのかがまるでわからないと言いたげな溜め息が、その唇から洩れる。 ユーグは、シュンの最も柔らかい部分の肌の感触に、自分の指先が溶けていくような錯覚を覚えながら、その反応に内心、安んじていた。 カタリ派の言う“悪魔の作った”シュンの器は、まだ罪を犯したことはないらしい。 誰にも触れられたことのないシュンの肌は、まだユーグの愛撫に戸惑っている。 少なくとも、シュンの身体のことで、シュンの兄に嫉妬を覚える必要はなさそうだった。 (罪を犯していたのは、では、神が作ったという魂の方か……) 皮肉としか言いようのない事実を、ユーグは皮肉に笑った。 |