初めて経験する不可思議な感覚の淵から、やっと自分自身を引きあげることができたのか、薄く開かれていたシュンの唇が、鋭い口調でユーグをなじる。 「放してください! あなたの言う通りかもしれません。神は人々の内にそれぞれ存在するものなのかもしれません。でも、だからこそ、人は自分の神に恥じることをしてはいけな……んっ……」 シュンの糾弾は、ユーグの唇で難なく封じられた。 自分自身を傷付けることには寛容でも、自分以外の命あるものを傷付けてはいけないというカタリ派の教義を、ユーグは知っていた。 シュンは、だから、カタリ派の完徳者でいようとする限り、言葉でしか抵抗できない。 ユーグを押しのけようとはしても、その手は力無く、シュンが本当にこの罪から逃れようとしているのか、ユーグには判ずることができなかった――もしかすると、シュン自身も――わかっていなかったのかもしれない。 ユーグはシュンの口中を舌でまさぐりながら、まだ幼いシュンのそれを指で手で煽り続けた。 「それで?」 揶揄の口調になったのは、それでもシュンが意地を張り続け、無駄な努力をやめようとしないからだった。 「は……あ……ああ……」 激しく速く胸を上下させていたシュンは、間もなくそれ以上の屈辱に我慢できなくなったようだった。 「放せっ !! 」 シュンは宙に向かって怒鳴り、ユーグの手を払いのけようとした。 カタリ派の完徳者でいることができなくなって、名門トランカヴェル家の子弟に戻った――のだったかもしれない。 完徳者でいた時より、その手に力は込もっていたが、それでも、それは持てる力の全てではなかっただろう。 ユーグの手を払いのけたら、苦しむことになるのは自分の方だということがわかるほどに、シュンの身体は熱くなっていた。 ユーグももちろん、この天使にそんな残酷なことをしようとは思わない。 代わりに彼は、手での愛撫をそのままに、もう一方の手でシュンの上衣を引き裂いた。 悪魔の作ったシュンの器――の全てを、ユーグは早く見たかったのである。 灰青色の大理石、月の光、十字架の前に、シュンの裸身が晒される。 月の光と夜の闇の中で、シュンの肢体は恐ろしくなまめかしく、それは蠱惑というより魔力に似た力を発揮してユーグの心を奪った。 これが真実悪魔の作ったものだというのなら、悪魔は至高の芸術家なのだとしか思えない。 自分と自余、ユーグの視線と自分とを隔てていたものが取り除かれたことに、シュンは、しかし、気付いているようには見えなかった。 両手と爪先が、滑らかな大理石の床にすがりつくように強く押しつけられているのも、細い脚がきつく閉じられているのも、ユーグの愛撫や侵入を恐れているというよりは、自分の内の疼きを逃がすまいとしているようだった。 そして、シュンは、幼い子供に戻ったように泣きじゃくり、ユーグがやめようとしない愛撫に言葉だけで抗い続けるのだ。 「いやっ……いや……!」 金と茶の混じったような髪が揺れ、白い喉がのけぞる。 ユーグは、天使を犯そうとしているような気分だった。 だが、罪は全く感じない。尚更、ユーグ自身はたぎってくる。 同性を相手にしたことはなかったが、シュンの白く美しい身体が、どうすればいいのか、何をして欲しいのかを、ユーグに教え、訴えていた。 身体を開かせるために、その内側をなぞると、シュンの脚からは力が脱けていった。 内奥を見るために指を忍ばせると、シュンは自ら脚を広げ、膝を立てた。 ユーグは自分の着けていた服を脱ぎ捨てて、開かれかけたシュンの身体に覆いかぶさっていったのである。 直接触れ合うと、シュンの肌は既に、まるでとろけるように柔らかく温かかった。 シュンの心は、もう幾度も兄に犯されていたのかもしれない。 兄以外の多くの男たちにも犯され続けていたのだろう。 周囲の男にも女にも犯され続け、その視線に育まれて、シュンの身体はとうの昔に熟していたのだ。 天使のような外見とは裏腹に官能だけが熟しきって、その罪の深さに恐れ震えながら、シュンは誰かに触れられるのをずっと待っていたのだ。 シュンの中心は、まるで待ちわびていたようにユーグの指を受け入れた。 痛みを歓びに変える術さえ、シュンは既に体得していた。 「ああ……いや……いや……いや……」 蜜のように甘い声で拒絶しながら、シュンは、拒絶しているものを求め続ける。 柔らかく、だが、しっかりとシュンの内に捉えられた指先で、ユーグはまもなく自分が得ることのできる歓喜の激しさを知ることができたのだった。 「いや……僕……いや……いや……」 それを男の欲望の全てだと思っているのか、シュンはユーグの指を咥え込んだまま、うねりを激しくする。 シュンの唇は、そして、執拗に拒絶の言葉を繰り返すのだ。 シュンの内を翻弄しながら、ユーグはやがて、その拒絶が言葉の上だけのことではないことに気付いた。 シュンは、真実、心から拒絶しているのだ。 シュンが拒絶しているもの――それは、ユーグではなく、シュン自身とシュン自身の身体の変化、だった。 シュンは、自分の内の神を畏れて、その甘い拒絶を続けているのだ。 ユーグが唇でその言葉を遮ると、堅く閉じられたシュンの瞼が、また新しい涙をにじませる。 「――なさい……ごめんなさい、兄さま……僕、兄さまにだったら何されてもよかったのに……兄さまを失うくらいなら、どんなことでも……ああんっ……!」 シュンが切なさに身をよじる。 シュンは、自分の内腿に舌を這わせている男が誰なのかも、勝手にのけぞっていく身体を片腕だけで難なく床に押し戻している男が誰なのかも、わからなくなっているようだった。 更に奥へと誘う力に逆らって、シュンの内部を刺激していた指を引き抜き、シュンの身体に悲鳴をあげさせた男が誰なのかさえ。 「あっ……ああ、どうして……いや……どうして……?」 自分の身体の一部を抉り取られて苦しむ白い鳥のように、シュンは身悶えた。 「どうして……そんな……ああ……兄さま……」 失われた自分の肉の一片を求めて、シュンの手がユーグの腕を掴む。 自分を犯そうとする男を押しのけようとした時よりはるかに強い力でシュンの手はユーグの腕を掴み、回りきらない細い指がユーグの腕の筋肉に食い込んだ。 「兄さま……兄さま……助けて……どうにかして……!」 堅く目を閉じたまま、息も絶えんばかりに宙に向かって喘ぎ続けるシュンは、誰なのかもわからない男を兄と呼んで救いを求める。 多分、シュンにはもうわかっているはずだった。 自分の身体に触れるユーグの熱いものが、本当に自分の求めるもの、自分の身体が欲しているものなのだということは。 ユーグ自身、これ以上堪えることは不可能なほどに 超俗の天使の、恐ろしいまでの変化を見せられて、冷静でいられるわけがない。 救いを求めて兄を呼び続けるシュンのその濡れた唇に、乱れる髪に、白い喉に、肩に、そして、緊張しきっているのに柔軟さを失わないシュンの脚や、ユーグを待ち焦がれている内奥――。 兄を呼び続けるのは、今を、かつて悩まされ続けていた夢の延長と思っているからなのだろう。 愛が何なのかわからないと言うシュンは、肉親の愛も恋も情欲も贖罪も区別できないまま、ただ自分を救ってくれるのは兄しかいないと信じて、彼を呼び続けるのだ。 ユーグは、早くこの天使を貫きたいと熱く訴える怒張を痛いほど自覚しながら、シュンの耳許に唇を押しつけた。 「すぐに助けてやるから、目を開けろ」 「ああっ!」 その声と吐息にさえ感応して、シュンは苦しげに首を振る。 「は……早く……っ! でないと、僕……」 「目を開けろ。言うことをきかないと、いつまでもこのままだ」 「い……いやっ!」 目を開けるのが嫌なのか、このままの状態が続くことが嫌なのか、シュンは追い詰められたように叫んだ。 だが、やがて、この男の命令に服さないと苦しみが続くばかりだと悟ったのか、あるいは、ユーグの愛撫の中断に耐えられなくなったのか、シュンはうっすらと目を開けた。 そして、自分の身体を溶かしてしまった男の青い瞳を、そこに見い出す――見い出したはずだった。 だが、シュンは嫌悪も忌避も躊躇も示そうとはしなかった。 「ああ、お願い……僕を助けて……早く助けて……!」 シュンはその腕をユーグの背にまわし、ユーグの身体を自らに引き寄せようとさえした。 シュンは兄でなくてもいいのだと、ユーグは確信した。 神でも悪魔でも、今の自分を救ってくれる者なら、シュンは兄でなくてもいいのだ――と。 ユーグはそのことに満足して――今は満足して――シュンに頷いてみせた。否、頷くより早く、シュンの下半身を持ち上げ、ユーグ自身我慢の限界まできていたそれを、楔のようにシュンの中に打ち込んだ。 「あああぁ……っ !! 」 狭い礼拝室に、悲鳴とも溜め息ともつかぬシュンの声が響き、長く細い残響を残す。 衝撃があまりに大きすぎたのか、シュンは全身を硬直させ、それまでの柔軟さを全く失ってしまった。 瞳をいっぱいに見開き、まるで魂を奪い取られた人形のように宙を見詰める。 「シュン……?」 だが、それも一瞬のことだった。 耳許で名を囁かれると、それが合図だったかのように、シュンの身体は歓喜の声をあげ始めた。 「ああっ……! あ……っ、んっ……あっ……あ……ああ…!」 多くの人間の目に犯され続け、だが、決して触れてもらうことのできなかったシュンの身体は、その内部は、これまで耐えに耐えてきたものを全て解き放とうとするかのように、吐き出そうとするかのように、あるいは、何もかもを飲み込もうとするかのように、激しく蠢き始めた。 そのあまりの激しさに、熱さに、柔らかさに、強さに、ユーグですら呻き声を洩らさずにはいられなかった。 シュンの身体の動きはユーグの全てを奪い取ろうとするかのように貪欲で淫猥で、ある種、魔的でさえあった。 下手をすると、この淫らな天使に意思や魂までも奪い取られる――身体で心まで支配されてしまう――そう感じて、ユーグは唇を歪めた。そんなことを望んで、この天使を犯そうとしたのではないのだ。 この陶酔に取り込まれたいともがく己れの一部に逆らって、ユーグは僅かにシュンから身を引いた。 途端に、シュンが、悲嘆の悲鳴をあげる。 「い……いやっ、どうしてっ !? いや! 僕の……僕のものなのに……僕の……盗らないで……っ !! 」 シュンは涙を流して懇願する。 そこにいるのは、清貧と献身で有名なカタリ派完徳者でもなければ、名門トランカヴェル家の誇り高い貴公子でもなかった。 哀しいほどに正直で非力で貪欲な美しい獣――の涙。 「盗りはしないが……俺は俺自身のものでもありたいんでな、シュン」 掠れた声でそう告げるのにも、ユーグはかなりの精神力を要した。 荒ぶる息を整えることもできないまま、再び力を込めてシュンを貫く。 「ああああ……っ !! 」 シュンは歓喜の声でそれを迎えた。 今度こそ自分の内に取り込もうとしてユーグに絡みついてくるその力に逆らって、ユーグは再び身を引き、シュンがまた嘆きの涙を流す。 そんなことを繰り返しているうちに、やっとシュンは――シュンの身体は――気付いたらしい。 この交わりには、支配する歓びと支配される歓びとが渾然としているのだということに。 そうして、シュンは、やがてユーグの律動を受け入れ始めた。 「あんっ……あっ……あ……は……あっ……」 繰り返される支配と被支配。 シュンの唇はもう、喘ぐことしかできなくなっていた。 おそらく、どこまでが自分の身体で、どこからが自分を犯している男の身体なのかさえ――どこまでが身体で、どこからが魂なのかさえ――この喜悦の中では認識できなくなっているのだろう。 それは、ユーグも同じだった。 これほどの悦楽は、これまで与えたこともなければ与えられたこともない。 絡まり、溶け合い、身体が一つになり、魂も一つになり、自と他を失う一瞬を共にできる相手に巡り合えた歓喜――。 だが、やがてその一瞬は終わりを迎える。 その一瞬の只中にいる時は永遠にも感じられるその法悦は、やはり永遠ではないのだ。 神と悪魔は、その手で人を作っておきながら、人に嫉妬しているのかもしれなかった。 人に、これほどの歓びを永遠に与えておくことはできない、と。 |