シュンはもう涙も出なかった。
せめて目覚めた時、隣りにあの男がいてくれたなら、今度こそその喉を切り裂いてやれたのに! と、できもしないことを胸の内で叫んで、尚更みじめな気持ちになる。
神は何故、魂の器として、人の身体を選んだのだろう。
それが人に対する神の試練なのだとしても、悪魔の作ったこの罠は、シュンにはあまりに甘美すぎた。
ユーグに、兄に、死んでいった仲間たちに、どれほど蔑まれ罵られても、永遠にこの罠に身を浸していたいと願うほどに。
自分の弱さにうちひしがれている今この時にさえ、シュンは、ユーグの訪れを、恐れながらも待っていた。
また次の夜が来るまで自分は打ち捨てられているばかりなのだと諦めかけた時、部屋の扉が開いた。
もはや体面を繕うつもりもないシュンは、裸のままで寝台に身を起こしたのである。
ユーグは、あまり上等のものとは思えない灰色がかった麻の服と、やはり麻でできた大きな袋を小脇に抱えていた。
寝台に歩み寄ってくるユーグを、シュンは無言で見詰めていた。
自分には彼を責める資格も罵る資格もない。
嘲笑われても蔑まれても当然なのだからと覚悟を決めて。
神を忘れて悪魔の誘惑に屈し、ユーグの蹂躪に歓喜の声をあげてしまったのは、誰に強要されたわけでもない、自分の弱さ故なのだから――と。
だが、シュンの枕許に立ったユーグの言葉は意外なものだった。
それは、蔑みでも嘲りでもなく――彼は、微かに苦痛の色をたたえた眼差しをシュンに注ぐと、
「兵の振りをして外に出るには、おまえは小柄すぎる。この服を着けて、その袋に入れ。俺がおまえを外に運び出してやる」
と、そう言ったのだ。
「……」
これは何の冗談なのだろう? ――と、シュンは訝った。
この男はどういうつもりでそんなことを言い出したのか、と。
「ど……どうして……?」
やっとのことで紡ぎ出した言葉がそれだった。
ユーグがシュンに微苦笑を返す。
「側に置いたら、俺の命が危ないだろう?」
「……」
自分は愚弄されているのだろうか、とシュンは疑った。
この男は、肉体の交わりを知り、虚言を弄し、慰藉式の誓いを悉く破った無力な子供が、それでも、人を傷付けることはできないということを知っているはずではないか。
「野に放っても、兄の力がなければ、十字軍の邪魔だてもできないだろうし」
「あ……」
ユーグは、本気でシュンを城壁の外に運び出そうという腹のようだった。
それでも、シュンはためらいを覚えた。
自由になれると信じてユーグの言う通りにしたところで、そのまま葬り去られないと、誰に言えるのだ。
(でも、死なんて……!)
死の可能性がどれほどの恐怖だというのだろう。
もとより望んでいたことではないか。
シュンは意を決して、ユーグの差し出した短衣を身に着け、兄の寝台から足を降ろした。






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