カルカソンヌの城塞を見降ろせる丘には、熱を含んだ夏の午後の微風がそよいでいた。
部屋の窓からしか臨めなかった青く高い空が、手を伸ばせば届くのではないかと思うほど身近でシュンを包んでいる。
こうして生きて自由を手にできただけでも信じられない思いでいたシュンに、ユーグは更に金と剣、衣類と食料、そして馬までも与えてくれた。
「この馬に乗って、おまえの仲間のいるところへ行け。背中の荷袋に当座の生活に必要なものは大体入っている。馬くらい乗れるんだろう?」
兄のものだった城を見降ろせる丘で、黒い駿馬の手綱を手渡された時、シュンは本当にこの騎士を不可解な男だと思った。
氷のような美貌に逞しい肢体。
おそらく誰もが羨むほどの魂の器を持ちながら、妙に達観的だったり刹那的だったりする。
時に激情的で炎の燃えるような眼差しを向けてきたかと思うと、次の瞬間、その瞳は湖のように凪いでいるのだ。
神の姿を見失わせるほどシュンを堕落させておきながら、こうして思いもよらぬ気配りを示しもする。
この男の激しさと優しさは、いったい何をよすがに一人の人間の中に収まっているのかと不思議に思いながら、シュンはユーグを見上げた。
そんなシュンの困惑に気付いているのかいないのか、ユーグは微笑とも苦笑ともつかない笑みをシュンに投げてくる。
「伯父殿は三日後、カバレ城塞の攻略に取りかかる。カルカソンヌと同じように水を断つ戦法に出るだろう。その結果にもよるだろうが、次にミネルヴ、テルム、ラヴォール、トゥールーズ、最後の狙いはモンセギュール」
「三日後にカバレ城塞、トゥールーズが落ちたらモンセギュール――」
「命を粗末にするなよ。肉体を悪魔の作ったものと考えて自ら死を望む者は、自分の生まれてきた訳を知るための努力を怠る愚か者だ。生きていれば、生きようとしている者を救うこともできる。絶望して全てを諦めるより、その方がいいじゃないか」
「ユーグ……」
初めて、心穏やかにその名を口にしたような気がする。
「ユーグ・ド・モンフォール。あなたが何を考えているのかわかりません」
シュンが率直な思いを口にすると、彼は今度ははっきり苦笑とわかる笑みを目許に刻んだ。
「暇ができたら考えてみてくれ」
そうしてもらえたら、それが至上の幸福だとでもいうかのように、彼の眼差しは切なげだった。
一瞬遠慮するような素振りを見せてからシュンの瞼に口付けて、彼は漆黒の馬の背にシュンを抱きあげてくれた。
「こいつはスレイプニルというんだ。これまで俺と苦楽を共にしてきた奴だから、大事にしてもらえると有り難い」
そう言いながらユーグが愛馬の横腹を叩くと、スレイプニルは軽快なギャロップで丘を下り始めた。
丘の麓に着いた時、黒馬が立ち止まってユーグを振り仰いだのが馬の意思だったのか、それとも自分がスレイプニルにそうさせたのだったのか、シュン自身にもわからなかった。






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