結局、5分と熟睡できぬまま、瞬は翌朝を迎えることになった。
だるくて食事をとる気にもなれず、半ば項垂れて、瞬は玄関を出たのである。
珍しく早起きしていた一輝が、すぐに瞬に追いついてきた。
「待て。俺も行く。あいつが来ているかもしれんからな」
「いませんよ、兄さん。でも、早起きしてくれて嬉しい」
瞬が兄のために作った微笑には、どこかに不自然なところがあったのかもしれない。
無理をして微笑う弟を咎めるように、一輝は瞬に尋ねてきた。
「あいつとは誰のことだ」
「え?」
「俺は誰とも言っていないぞ」
「だ……って、そんなの決まって……」
「決まっているのか」
探るように言う兄の視線から逃れるために、瞬は顔を俯かせた。
二人はそれきり黙って通学路を歩き出したのだが、百メートルも行ったところで、一輝はまた口を開いた。

「瞬、来てるぞ。後ろ」
「え?」
「“あいつ”」
「え……だって……」
瞬は、言葉を詰まらせながら、こっそり後ろを盗み見た。
兄の言う通り、二人から つかず離れずのところに、見間違えようのない某金髪男がいて、彼の視線は切なげに瞬の姿を追っていた。
瞬は、何を言えばいいのか、どうすればいいのかが 本気でわからなくなってしまったのである。
「夕べも遅くまで外にいた」
「ん……」
瞬が、手にしていた鞄を両手で抱きしめ、弁解がましく兄に告げる。
「でも、黙って見守ってるって約束してくれたんですよ……」
「約束通りにしている」
「それは……そうですけど……」

氷河に、つれない恋人を責めるつもりがないことは わかっている。
だが、彼の振舞いのせいで、瞬はまるで自分が稀代の悪党になったような気にさせられてしまっていた。
ぎしぎしと罪悪感に押し潰されそうになって、瞬は身体を縮こまらせた。






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