気まずさを解消できないまま、冬休みに入って間もなく、氷河と瞬はフランスに向かう機上の人となった。
機中では、フライトアテンダント無用とばかりに、氷河が色々と世話を焼いてくれたのだが、瞬としても何をどうすればいいのかわからない。
12時間のフライトの間中、瞬はずっとシートの中で身体を縮こまらせていることしかできなかった。


が、さすがは氷河の故国、恋と芸術とファッションの都、おフランス男の原産地である。
ロワシーのシャルル・ドゴール空港まで出迎えに出ていた氷河の師カミュと対面した途端、瞬は日本人的情緒と繊細さからくる気まずさなどに優雅に身を任せてもいられなくなってしまったのだった。
愛弟子との ほぼ9ヶ月振りの再会を ウジャラニュラヌラ〜とフランス語で喜び合ったあと(瞬には そう聞こえた)、氷河の師であるカミュの視線が瞬に注がれる。
瞬に向かい合うと、彼は今度は流暢な日本語で瞬に話しかけてきた。

「君が、祖国や友人への愛より更に深い愛を氷河にもたらした張本人か。なるほど、可愛らしい面立ちをしている。目がいいな。とても美しい」
「あ……初めまして。僕、瞬です。氷河の友だち・・・です」
一応誤解のないように釘を刺しておこうとした瞬に、カミュは微苦笑を洩らした。
「聞いていた通り、折り目正しい子だ。キスしてもいいかな」
「え……?」
瞬は思わず口許が引きつってしまったのである。
もちろん、それはただの挨拶なのであろうが、それはまた、瞬の礼儀の中にはない種類の“挨拶”ではあったのだ。

「ひ……氷河……!」
こうなると頼れるのは氷河しかいない。
瞬は慌てて ぱっと氷河の背中の陰に逃げ込んだ。
「逃げなくてもいい。頬にだよ、もちろん」
「頬に……って、あ……あの……」
ほとんど『頼むからどーにかしてくれー !! 』の世界である。
そうすることは非常に失礼なことなのかもしれないと思いはしたのだが、瞬は、自分のただ一つの安全地帯である氷河の背中に更に強くへばりついた。
同性とのキスなど、瞬は氷河のそれに耐えるだけで手一杯だったのだ。
氷河が、ちょっと嬉しいその態勢に口許をほころばせ、すかさず救いの手を差しのべてくる。

「先生。瞬は俺のキスしか受け付けませんよ。瞬は我々の作法には慣れていないんです」
「おや、それは残念だ」
ガイジンさんは、言葉より表情やジェスチャーで会話に意味を持たせる。
氷河の師に少々オーバーアクション気味に そう言われ、礼儀正しく人情味にあふれた日本人は、申し訳なさそうにおずおずと、氷河の横から顔をのぞかせることになった。
「あ……あの、気を悪くなさらないでください。僕はただちょっと、そういうの……って……」
非礼を詫びる言葉を瞬が言い終える前に、瞬のその様子を見たカミュは破顔一笑した。
「これは確かにとても可愛らしい……! 氷河がくらくら・・・・するわけだ」
瞬より30センチも背の高い異人さんは、大らかな笑顔を作って、氷河の頭を半ば本気で殴りつけた。
「多分、そうおっしゃってくださると思っていました。叔父や叔母たちも、瞬を見れば、俺の気持ちをすんなりと理解してくれるでしょう」

氷河がカミュの手荒い からかいに動じた様子もなく自信満々で言うのを聞いて、瞬は先行きに大いなる不安を覚えてしまったのである。
もちろん、瞬の不安は的中した。






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