(……こんなとこに人が住めるのぉ !? )
日本とフランスでは土地事情が違う――と一言で片付けてしまえないものを、瞬はその建物に感じざるを得なかった。
フランス政府の文化財指定を受けているという その城は、パリ南西30キロほどの場所、2キロごとに設けられている3つの門にそれぞれ異なる暗唱番号を打ち込み、更に2キロの道程を経た所に、馬鹿馬鹿しいほど荘厳華麗な姿をさらしていた。
(人間、立って半畳、寝て一畳だよ!)
ダイニングを入れてやっと5部屋の自宅を、それでも両親を亡くした兄弟二人が暮らすには贅沢すぎる家と認識していた瞬にしてみれば、氷河の生家はあまりにも無意味で馬鹿げた建造物だった。

余裕でバスケットボールの試合ができそうな面積のエントランスホールに足を踏み入れると、その奥には、宝塚グランドフィナーレ風大階段。
吹き抜けになっている天井は瞬の頭上10メートルのところにあり、壁には どうやって掃除をするのか想像もできないほど複雑な形状をしたクリスタルのシャンデリアが数メートルおきに きらめいている。
ロココ風でないのが唯一の救いのシルク張り椅子、磨き込まれて鏡のようにぴかぴかの床――等々。
あまりにも無駄な空間に囲まれて、瞬はコペルニクスの地動説を信じるしかないような目眩いに襲われてしまったのだった。
自らの価値観と経済観念を守るため、やはり氷河に何と言われようと、別に安いホテルを取るべきだったと、瞬は今更ながらに深い後悔を覚えることになったのである。

「瞬には日本語のできる者を付けるが、うちの男性の使用人は大半が日本語での簡単な会話はできるから、安心していていい。瞬の部屋は2階の東端に用意させてある。残念ながら俺とは別々の部屋だが、婚約未満の間柄ではそれも仕方がないな」
「……」
お仕着せを着たホテルマンのごとき使用人たちも不気味なら、映画に出てくるような無表情の執事も不気味である。
自分のために用意されたというその部屋を見るのも、瞬は恐ろしくてならなかった。

「時差がつらいだろうから、今日は時間を気にせず眠ってくれ。明後日の夜に、うるさ方を招いてのパーティーを催すから、そこで皆に瞬を紹介する。その後はフリータイムだ。どこでも瞬の行きたい所に連れていってやる」
「……うん」
きんきらきんの装飾品をバックに金髪碧眼のおフランス男にそう言われてしまうと、哀しいほど小市民の瞬の反抗心は脆くも崩れ去ってしまう。
いっそ地球の存在が宇宙から消え去るその時まで、ベッドの中で静かに眠り続けていたい――。
瞬は、本気で、心底から、しみじみと、そう思ったのである。
自分のために準備されたという、四ツ星ホテルのプレジデント・スウィート顔負けの部屋に案内され、瞬の身長・体格を考えるにその90パーセントは無駄な空間で構成されたベッドを目の当たりにして、どっと疲れを増すまでは――。






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