2階への大階段を昇りきったところで、瞬の足許にころころと白いボールが転がってくる。
そして、そのボールを追って、レースが何段にも重なった白いドレスを身に着けた小さな女の子が駆けてきた。
「あれ? こんな小さな子たちも来てたんだ……」
瞬が少々生気を欠いてはいたが かろうじて微笑といえるものを その顔に貼りつけて 拾ったボールを手渡すと、その少女は物怖じした様子もなく、あでやかな笑顔を瞬に返してよこした。
「氷河の親類って、みんな、ものすごく綺麗なんだ。そのまま絵葉書きのモデルとかに使えちゃいそうだね」
まさか瞬の日本語が理解できたわけでもないのだろうが、その10歳くらいの女の子は、瞬の手を取ると、2階の小ホールまで瞬を引っぱっていった。
瞬が入っていくと、ホールにいた十数人の子供たちの視線が一斉に瞬の上に注がれてくる。
そして彼等は、新しい玩具を発見した幼稚園児のように、瞬の周りに集まってきて、何やらフランス語で騒ぎ始めた。

瞬に聞きとれたのは『douze12』という単語だけで、察するに、この部屋は12歳以下の子供たちが集められている子供部屋らしく、どうやら瞬もそのお仲間だと勘違いされてしまったらしかった。
実際その部屋にいる男の子たちの中には、瞬と同じか、それ以上の背丈を有している子もいて、瞬はその誤解を訂正する気にはならなかった。
自分が少々身長に不自由していることは、瞬自身しっかり自覚していたし、氷河の親族だという大人たちに混じって格式高いディナーを相伴しているよりは、言葉の通じない子供たちの中に混じっている方が、余程気楽なことのように、瞬には思われたのである。

それにしても、そこにいる子供たちは皆、目をみはるばかりの美形揃いだった。
こういう子供たちが、金に糸目をつけない教育を受け、やがては、あのパーティ会場の大人たちの仲間入りをするのだと思うと、嘆息を禁じ得ない。
ボールや人形や書物を抱えた子供たちを眺めながら、瞬は毛足の長い絨緞の上に ぺたりと力なく座り込んだ。
「いいなあ、綺麗だなあ……。みんな綺麗な髪で、綺麗な目で、特別製の人形が動いてるみたい……。僕もこんな綺麗な金髪で、宝石みたいな目をしてたら、氷河の褒め言葉も素直に聞けるのかなあ……」
黒髪黒目の日本人たちに囲まれていた時には――氷河に出会うまでは――瞬とて、こんな劣等感を覚えたことはなかったのである。
『可愛い』とか『綺麗だ』とかいう種類の言葉は、言われて嬉しいわけではなかったが、言われ慣れた言葉でもあった。
が、同じ言葉を氷河に言われると、どうしても馬鹿にされているとしか思えないのだ。

「僕、ひがんでるのかな……。だから、氷河の言うこと、素直に聞けなくて、信じられないのかな。僕なんかのどこがいいのか、僕、自分でもちっとも わかんないのに、氷河、いつも自信満々なんだもの。僕なんか、全然金髪じゃないし、青い目でもないし、ただの一般市民だし、特別な才能があるわけでもないし、詰まんない子なのに……。僕、全然自分に自信ないのに……ねえ……」
ほとんどヌイグルミに一人言を言う気分で、瞬はその場の子供たちに身の上相談を始めてしまっていた。
同じ美形、同じフランス人でも、幼い子供たちになら、正直になることができる。
悲しみの涙なのか、悔し涙なのかわからない雫が、ぽろりと瞬の頬に零れ落ちた。
不思議そうな顔で少女たちは瞬を見詰め、少年たちは しきりに瞬を励ますように肩を叩いたり、髪を撫でてくれる。
瞬の頬にキスをしてくれる男の子までいて、瞬は、つい泣き笑いをしてしまった。
幼い子供たちに慰められている自分を、ひどく情けないと思いはするのだが、久方振りに至極素直な気持ちになっていた瞬は、不思議とそれが嬉しかったのである。

「ごめんね、ありがとう。氷河じゃなきゃ素直になれるのに、僕、ほんとに変だよね……」
そうして瞬は、その夜、大人たちのパーティから隔絶されていた子供たちに、自分の胸につかえていたものを、洗いざらいぶちまけてしまったのである。
日本語を解することができず、未だ恋の感情など知りもしない幸福な子供たちになら、何を打ち明けても平気だろうと、瞬は思っていた。

が、それがまずかったのである。
彼等はおフランス男予備軍、フランス女性の予備軍だった。
翌朝 瞬は、その事実を思い知ることになってしまったのである。






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