翌日 瞬が目覚めると、その時を見計らっていたかのように、瞬に付けられていたマネージャーが、部屋に入ってきて、瞬に告げた。
階下したの居間の方で、氷河様とご親族の皆様方がお待ちです」
「フランスでは、三下り半を言い渡すのに、一族総出になるの?」
「は? 皆様の目的は、瞬様の愛を勝ち得ることのようですが?」
「え……?」
彼は“三下り半”の意味が理解できずにそんなことを言ったのだろうと思い、瞬は日本人が得意とする例の曖昧な笑みを口許に刻んだ。
「今すぐ行くよ。僕も氷河に話があるから」
「はい。そうお伝えしておきます」
「うん」

時計を見ると、9時をまわったところだった。
昨夜の親族パーティに集った50名近くの紳士淑女たちが寝室に引きとったのは夜半過ぎだったはずであるから、氷河の親戚というのは余程疲れ知らずの頑健な身体の持ち主たちなのだろう。
(それとも、僕が一人で勝手に気疲れしちゃってただけなのかな……)
いずれにしても、氷河のご親族様ご一同を長いこと待たせておくわけにはいかない。
瞬は素早く着替えると、急いで自室を出て階下に向かったのだった。


居間とは名ばかり、装飾過多の会議室とでも表した方が適切なその部屋に瞬が足を踏み入れると、それまでゆったりとくつろいでいたらしい氷河の親族の間に、ざわざわとざわめきが起こった。
彼等の中から、昨夜瞬を慰めてくれた子供たちが瞬の側に近寄ってきて、一様に愛想の良い笑顔を向けてくる。
彼等の眼差しが、どこか氷河のそれに似かよっていることに気付いて、瞬の心臓はどきっと撥ねあがった。

「おはよう、瞬。昨晩は日本語を話すのを禁じられていたので、ろくなお相手もできず、どうも失礼した――しました」
(えっ !? )
子供たちの中では歳かさの部類らしい男の子が、しっかりした日本語で瞬に挨拶してくる。
瞬は何がどうなっているのかが理解できず、目をぱちくりさせた。
「父たちが今日中に自宅に戻ると言うので、どうしてもその前に瞬に僕の思いを伝えておきたかったのです」
(は……?)
瞬は思わず、その場に氷河の姿を捜し求めてしまったのである。
いったいこれはどういうことなのか、ぜひとも氷河に説明してもらいたかった。
「あ……あの……氷河は……?」
「これは彼には関係のないことです。僕の用件が済むまで、氷河も、他の誰も口出しを控えるのが礼儀です」
「で……でも……」

よくよく周囲を見渡すと、ずらり並んだご親族様ご一同の端に、ひどく険しい表情を浮かべた氷河が立っている。
瞬は彼の側に駆け寄ろうとしたのだが、それは、恐怖のフランス男予備軍によって遮られてしまった。
「瞬のように魅力的で素直で繊細な心の持ち主を、あんなふうに自己卑下させるような愛し方しかできない男など、さっさと見限った方がいい。僕の方がもっとずっと上手に瞬を愛してあげられます」
「え……」
これが12歳未満の子供の言うセリフだろうか。
自分の口にしている日本語の意味を彼が正しく理解しているのかどうかを、瞬は疑ってしまいそうだった。

「9歳かそこいらのコドモがナマ言わないで! あと1、2年してから出直していらっしゃい!」
これがまた、見事な日本語である。
今度は、どうやら10歳は過ぎているらしいフランス人形のような少女がすたすたと瞬の側に歩み寄ってきて、驚くほど大人っぽい流し目を瞬に送ってきた。
「私にだって、そりゃ、両手の指じゃ足りないほどの崇拝者がいるわ。みんな、私のことを綺麗だと言い、可愛いと言うの。でも、フランスの男は駄目ね。乗りが軽くって。昨夜の瞬ほど、私の美しさに心からの讃辞を送ってくれた男性は、これまで一人もいなかった。私、とても感激したのよ、瞬」
「は……はあ……」
「何を言っているんだ! 瞬のようにデリケートな人間には、僕のように包容力のある恋人が必要なんだぞ」
「瞬! 僕は氷河と違って直系子ではありませんから、伯父たちの厳しい審査など必要ありません。将来はUCDPから上院議員に立候補するつもりでいます」
「瞬、私は将来 小説家になるつもりなの。瞬と暮して、東洋の神秘を追求したいわ!」
「君は君自身の恋に盲目になっていて、瞬のことを全く考えていない! そんな人間に瞬を恋人にする権利はないぞ!」
「ま! 私は本気で瞬の繊細さを愛しているのよ」
「それはどうだかね」
「なんですって !? 」
(うー……)
これが皆、12歳未満の子供の会話なのである。
それは、瞬にはとても理解できない高次な恋愛問答(?)だった。






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