それから3日後。 その日の分の仕事と勉強を終えて、氷河姫と自分の居間に戻ってきた瞬王子が、そこで出会ったもの。 それは、騒がしく走りまわる、痩せた身体をみすぼらしい衣服に包んだ十数人の子供たち――でした。 「ひ…氷河姫、この子たちはいったい……?」 「気合いで俺が産んだ」 「え?」 「というのは冗談だが」 「???」 そこに集められていたのは、氷河姫が拾ってきた親のない子供たちでした。 昼間瞬王子が仕事の勉強のと一国の王子の義務に勤めている間、することもない氷河姫は城勤めの馬丁や下僕に身をやつして、城下の町に酒をかっくらいに出ることが多かったのですが、氷河姫は、その際に下町で見掛ける家のない子供たちを、掻き集められるだけ掻き集めてきたのです。 「こいつらは、病や事故で親を亡くしたガキ共でな。家もなくて、ろくな生活を送ってないんだ。見たところ、あまり可愛げのある奴もおらんが、俺たちで育ててやろう。おまえの国に、盗みや物乞いで生計を立てている子供がいるのは、俺には耐えられん」 「氷河姫……」 城の奥で静かに刺繍や楽器の演奏をしているはずの氷河姫が、何故そんな子供たちの存在を知っているのか――などという下らないことを――それは本当に無意味なことです――瞬王子は考えもしませんでした。 一国の王子の后として文句のつけようもない、優しく気高い氷河姫の行為に、瞬王子は一も二もなく賛成し、そして感動したのです。 「氷河姫……。氷河姫はなんて優しい心の持ち主なんでしょう! 僕は本当に自分が恥ずかしい。僕は子供が授からないことで氷河姫が傷付いたりすることがあっちゃいけないなんて、そんなせせこましい視野しかなかったのに、氷河姫は……」 あまりの感動に涙を禁じえない瞬王子を、氷河姫はしっかりと抱きしめてあげました。 本当は氷河姫の方こそが、瞬王子のことしか考えていなかったのですが、そんなことを馬鹿正直に告げるのは、それこそただの馬鹿。 その点、氷河姫はとてもお利巧な姫君だったのです。 氷河姫の広い胸の中で、ひとしきり泣いた瞬王子は、やがてその涙を人差し指の先で拭いながら顔をあげ、氷河姫の青い瞳を見あげました。 「氷河姫、僕のために気合いで子供を産んでくださったんですね」 潤んだ瞳で微笑む瞬王子の可愛らしいこと! その可愛らしさといったら、はっきりいって犯罪的です。 拾ってきた子供たちがその場にいなかったら、氷河姫は早速瞬王子を隣りの寝室のベッドに押し倒していたに違いありません。 それができないので、氷河姫はちょっとだけ、自分の“善行”を後悔したのでした。 「……恵まれないガキ共は、こいつらで全員というわけじゃない。多分、この綺麗で可愛い国に、辛い思いをしているガキ共はまだいくらでもいるだろう。俺たちは、そんなガキ共の親になってやろうじゃないか」 欺瞞なのに、詭弁なのに、嘘を糊塗するための嘘なのに、氷河姫の言葉はなんと美しい響きを乗せた言葉だったでしょう。 瞬王子は、愛する氷河姫の賢明にして思い遣りにあふれたその言葉に感動して、ほとんど気を失いかけていました。 そして、瞬王子は、自分をこんなにも素晴らしい姫君に巡り合わせてくれた神様に、心から感謝したのでした。 それからしばらくして、瞬王子のお城の庭の一角に、氷河姫と瞬王子の子供たちのための家が建てられました。 そして、親のない多くの不幸な子供たちが、そこで瞬王子からたくさんの愛情を注いでもらい、幸せな子供たちに生まれ変わっていきました。 氷河姫の立派すぎる体格に不審の念を抱いていた者たちも、その幸せの家の発案者が氷河姫だと知って、氷河姫を見掛けで判断していた自分たちを深く深く反省したのです。 それから、もちろん、愛し合い信じ合う氷河姫と瞬王子は、国中の人たちから尊敬され、多くの子供たちに囲まれて、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。 一輝国王には、最近お隣りの国のパンドラ姫との縁談が持ち上がっているようです。 Fin.
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