「まあ、おまえの恋人になるのは諦めるとして」

瞬の中の“不思議”を少しでも究明したかった氷河が、ベッドの上で身を乗り出す。

「おまえ、あのジュネとかいう女を好きなのか? つまり――恋人として」
「…………」

瞬は、生まれて初めて天体望遠鏡を覗き込んで瞳を輝かせる子供のような、この熱射病聖闘士を困ったように見詰め返した。
「どうして、氷河は、そう答えにくいことをずばずば訊いてくるの」

「いや、おまえを恋人にできる女は実に幸運だと思って。おまえは、優しいし、強いし、気がきくし、頭もいいし――」

「…………」

瞳ははるか彼方の星々の美しさに胸躍らせる天文学者の卵でも、訊いてくる内容はワイドショーに夢中の主婦と同じである。
瞬は、溜め息を洩らして、この金髪の仲間を見おろした。

質問に答えないと、いつまでも同じことを繰り返し尋ね続けられることになりそうなのを見てとり、肩から力を抜く。

「僕は――僕は、多分、一個の人間としてどこかおかしいんだと思う。僕は、誰か一人の人を特別な存在だと思うことができないんだ。氷河も、兄さんも、星矢も、紫龍も、沙織さんも、ジュネさんも――僕にとっては、みんな同じように大切な人たちで……僕は多分、一生恋なんてできない。何かの間違いで僕が恋人なんてものを持つようになったら、その人は……」

瞬は、自分の言葉の苦さに傷付いたような眼差しを、ゆっくりと氷河の上に据えた。

「あまり幸せにはなれないだろうね。僕は、その人を特別な存在だと思うことができないだろうから」

「…………そうか……」

それは、楽しい話になるだろうと思って持ち出した話題だったのだが。
氷河は、誰をも特別視できないと言う、だが、誰にとっても特別な存在である優しい少年の寂しそうな肩に、気まずい思いを味わうことになった。
瞬は、多分、自分がジュネにどう思われているのかには、ちゃんと気付いているのだ。

だが、応えられない。
彼女の幸福を願うから。

(誰も特別視できない……か。ほとんど、聖人の域だな)

そういう人間も、稀には、この世に存在するのだろう。
実際、この世には、“聖人”や“菩薩”という言葉があるのだから。






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