「――星矢は、味より量だろうな」


そう考えた紫龍は、まず、駅前のサーティ○ンのドアを開けた。

「いらっしゃいませ〜」
店内に入った途端に、心地よい冷風と愛想の良い店員の挨拶に迎えられる。
夏場だけあって店内には相当数の客がいたが、高校生らしいアルバイト店員は、てきぱきと客のオーダーをさばいていた。


アイスケースの中を一通り見渡してから、紫龍は店員にオーダーを告げた。
星矢の場合、重要なのは、なんといっても“味より量”なので、さして迷う必要もない。

「ナッティココナッツとキャラメルリボンをハーフガロンで」

「かしこまりました〜♪ お持ち帰りですね? スプーンは何個おつけしましょう?」
いかにもマニュアル通りに尋ねてきた店員に、紫龍が真面目くさった顔で答える。
「スプーン? ああ、それは1個あれば十分だ」

「は?」
マニュアル通りに振舞うことに慣れた店員が、紫龍のその答えに、初めてマニュアルにない言葉を発する。

「あのー、お客様? ハーフガロンというのは、12人分になるんですけどー?」
「知っている」
「ハーフガロンを2種類…ですよね? えーと、24人分」
「その通りだ」
「それを、スプーン1個で?」
「そうだ」

「…………」

サーティ○ンは全国展開チェーン店。
『お客様の言うことは絶対』という社員教育が徹底している。
だからこそ、ここまで店舗を増やしてこれたのだ。

アルバイトの少女は、紫龍に何か言いたそうな顔になったが、それでも、この奇妙な“お客様”の言うことに黙って従った。

ハーフガロンのアイスクリームを2つとスプーン1個を、会社名の印刷された安っぽいビニールバッグに入れ、会計をする。


これ以後数年に渡り、この店のアルバイターたちの間で、長髪の大食漢男の伝説が語り継がれていくことになるのだが、そんなことなど知る由もない紫龍は、第一の務めを無事果たした満足感と共に、サーティ○ン■▼店を後にしたのだった。






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