そして、宝瓶宮――である。
アクエリアスのカミュが守護する第11番目の宮。


おそらく、自分にとって最も手強い敵――が、このカミュだろうと、氷河は踏んでいた。
そろそろ卑怯な手も出尽くしている。
アクエリアスのカミュは氷河にとって最も近しい黄金聖闘士であり、それ故にまた、最も理解できない男だったのだ。

とりあえず、シュラ同様シャレで攻めてみるかと、栗羊羹を出して、またしてもくだらないシャレを口にする。

「和菓子の師は和菓子も同然」

「………………………」

シャレの出来は最悪だったが、カミュは何の反応も示さない。
笑いもしなければ怒りもせず、ぬぼーっと、くだらないシャレを言った氷河を視界に映している。

(……やはり、手強いな)

実のところ、さすがの氷河も、自分の師も同然のこの男には、どう対抗すればいいのかわからなかったのである。カミュの無気力・無感動・無反応に苛立ちを覚えつつ、とりあえず、城戸邸のワインセラーから掠め取ってきたコニャックを賄賂として差し出してみるかと、氷河が思ったその時だった。

水瓶座の黄金聖闘士の、恐ろしくスローテンポな反応が返ってきたのは。

「うまい」
「へ……?」
「ははははははははは。和菓子の師は和菓子も同然で栗羊羹を出すとは、実にうまいシャレだ」
「………………」

ギリシャ語で『和菓子』と『我が師』の発音が同じかどうかはさておいて、それは、あまりにも遅すぎる反応だった。
もしかしたら、彼はギャグの解凍に時間を要する男だったのかもしれない。

(さ…さすがはアクエリアスのカミュ。わ…訳がわからん)

氷河はすさまじい脱力感に襲われたが、ともかく目的は達したのである。

取り出しかけていた、軽く50万はするミシェル・カミュ・ロイヤル・バカラは、自分のために取っておくことにして、代わりに2000円のカミュのVSOPを置き土産に、氷河は宝瓶宮を後にした。







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