そして、ついに、最終決戦の場である。

教皇の間。

ずるずると長い衣装をまとってその場に登場したのは、今更正体を隠すまでもない、ジェミニの聖闘士サガだった。一応、今は、善良顔をしている。

「瞬はどこだ!」

挨拶もなく用件に入った氷河より唐突に、サガの長衣の陰から、瞬がぴょこっと顔を出す。
「氷河……」

「瞬、無事だったか!」

艱難辛苦を乗り越えて、やっとここまで辿り着いた氷河である。勝利者への月桂樹の冠ともいうべき瞬の姿を見せられて、彼は喜びの声をあげた。

しかし。

瞬の、勝者へのご褒美の言葉は、氷河の期待していたものとはかーなーりー違っていたのである。

「氷河のばか。僕、美味しい手料理って言ったのに」
「…………」


瞬の泣きそうな声と顔に、氷河は目いっぱい混乱した。
たった一人で10人もの黄金聖闘士と闘い、しかも勝利してこの場に辿り着いた者に、何故瞬がそんな言葉を投げてよこすのかが、彼には理解できなかった。

「おい、教皇! いや、サガ! これはいったいどーゆーことだ!?」

混乱を極めつつも、氷河は瞬ではなくサガを怒鳴りつけた。
混乱のさなかにあってなお、氷河にはまだ判断力というものが残っていたのである。
ここで瞬を怒鳴りつけて瞬の機嫌を損ね、瞬に(夜の)相手をしてもらえなくなるのは非常にマズい――。氷河の判断力は、実に的確かつ理論的に自らの責務を果たしていた。

氷河に怒鳴りつけられたサガが、悪びれた様子もなく、むしろ嬉しそうに、頭をかきかき氷河に告げる。

「いやー、瞬ちゃんに泣きつかれると弱くてなー」

(なーにが『瞬ちゃん』だ! こいつだって、シュラ同様結構な歳だろーに!)

そういえば、サガもまたミロ同様、氷河×瞬同人界では妙に瞬と絡むことの多いキャラである。その腹立たしい事実を思い出して、氷河は今更ながらに、この善良顔男への不愉快さを増加させた。

「瞬ちゃんがな、なんでも“スマップスマップ”とかいう日本の料理番組(?)を見て、君にも、スマップとかいう若者たちのように、料理のできるカッコいい男になって欲しいと思ったそうなんだ。で、まあ、私は、瞬ちゃんの願いを叶えるために、君の料理の技を磨くべく、この12宮料理勝負をセッティングしたんだが」

そう告げるサガの後ろ――教皇の間の奥には、家庭用というにはあまりにも巨大なシアターセットが置かれている。

どうやら、瞬は、サガと二人で、これまでの氷河の闘いぶりを全て見ていたものらしい。
料理対決とは名ばかりの、要するに、悪知恵対決を。

「…………この暇人めが…!」

氷河は、今に至る事情と経緯を懇切丁寧に説明してくれた親切な黄金聖闘士の前に、言葉を吐き捨てた。

世の中は実に平和である。
その命を、地上の平和と安寧を守るという崇高な義務に捧げているはずの黄金聖闘士たちが、全員そろって、この有閑ぶり。
まだ女の尻でも追いかけまわしている方が、余程時間を有効活用していると言えるではないか。


が、今は、黄金聖闘士がいかに暇を持て余しているかなどということは問題外の外だった。
瞬が――氷河の愛する愛しの瞬が、責めるような眼差しを闘いの勝者に向けているのだ。

「氷河のばか。僕、氷河の美味しい手料理が食べたかったのに! カッコよくお料理してる氷河が見たかったのに……」

そう言う瞬の瞳に、じわりと涙がにじんでくる。

ここで、『自分は目玉焼きも焦がすくせに』と言えるほど、氷河は瞬に対して強い立場に立っている男ではなかった。

「し…瞬。あー、泣くな。俺が悪かった…!」

瞬に泣き落とし技をかけられて、氷河に太刀打ちできるわけがない。
海千山千の黄金製闘士たちが相手なら、策をめぐらし、卑怯なことも平気の平気な氷河だったのだが、瞬を相手にその技を繰り出すわけにはいかないではないか。

瞬は、言うなれば、氷河の最後の良心――なのだから。
瞬が自分を受け入れてくれるからこそ、氷河は自分を人間の屑だと思わずに済んでいるのだから。



氷河は、そして、決意したのである。

瞬のために――つまりは、己れの良心を守るために、瞬の望む“美味しい手料理”なるものを、その手で作り出すことを。

どれほどの困難、どれほどの障害、どれほどの妨害が待ち受けていようとも、そうすることでしか、瞬の涙を拭ってやれないというのなら、氷河のすべきことはただ一つだった。











教皇の間の正面に用意されたキッチンスタジアム。

厨房に立つ者が、誰もが等しく胸に抱く思い。

『美味い手料理を作りたい』

氷河は、生まれて初めて、美味しい手料理を作ろうと決意して、厨房という場所に立った。







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