「そ…そうだ、瞬。俺にも一つだけ得意の手料理があった!」 「え?」 「俺としたことがすっかり忘れていた。毎晩欠かさず作っているのに」 「?」 自分の手ではコーヒー一杯煎れたことの無い氷河をよく知っている瞬は、自信に満ちて断言する氷河の態度に戸惑い、首をかしげた。 「ど…どんなお料理?」 瞬に尋ねられた氷河が、わざとらしくも挑戦的に、ちらりと横目でサガを見て、彼に聞こえないようにそっと瞬に耳打ちをする。 途端に、瞬はぽっ☆と頬を染めた。 「やだ、氷河。そんなの手料理って言わないよ」 「そうか? 俺は毎晩、自分の料理の腕に惚れ惚れしながら食っているが」 賢明なる読者諸嬢は、既に氷河の得意料理が何なのか、お察しのことと思う。 「思い出したら食いたくなった」 氷河の ↑ このセリフの意味するところも、氷河のそのセリフを聞いた瞬が、急にそわそわし始めた訳も。 瞬の美点一覧表の中には、“素直”“率直”という項目もあったので、瞬は、自分の美点に命じられるまま、即座に、教皇の間の前に立つサガを振り返った。 そして、実にあっさり言ってのけた。 「あ、じゃ、サガさん、僕たち帰ります。色々手配してくださって、どうもありがとうございました。サガさんも困ったこととかあったら、遠慮しないで僕たちに相談してくださいね。僕と氷河とで、すぐに助けに来ますから」 「あ…瞬ちゃ……アンドロメダ……」 その場から駆け出した瞬を引き止めるサガの声は、瞬の背中に当たって軽く弾き飛ばされた。 「早く帰ろうよ、氷河! 早くってばぁ」 「ああ」 どうやら自分の料理の腕前はかなりのものらしい……と、氷河は、瞬に急かされながら、悦に入った。 その氷河を、サガが引き止める。 彼は、氷河の得意料理が何なのか、全くわかっていないようだった。 「おい、キグナス。おまえの得意料理というのは何なんだ? あんなに瞬ちゃんが喜ぶものなら、今度瞬ちゃんがギリシャに来る時には是非用意しておきたい」 いったい、サガは、自分が、そのセリフを誰に向かって言っているのかわかっているのだろうか。 氷河は不快の極致でもって、この反逆男を睨みつけた。 そして、言う。 「4択問題だ。次の4つの選択肢の中から選べ」 「うむ」 氷河の出す4択問題を一言も聞き洩らすまいとするサガの表情は、まさに真剣そのものである。 氷河は、マジで腹が立ってきた。 こんなバカ者相手に本気になるのは大人げないと自分を戒めつつ、サガのための4択問題を口にする。 「@ ムース・オ・フランボワーズ A マロン・フロマージュ B チョコレート・シフォン・ケーキ C 瞬・ア・ラ・クリーム。よく考えて答えを出せよ。正解者には洩れなく、俺の作った目玉焼きをプレゼントしてやる」 「@ ムース・オ・フランボワーズ A マロン・フロマージュ B チョコレート・シフォン・ケーキ C 瞬・ア・ラ・クリーム……」 サガが、氷河の提示した4択問題を反復しながら、眉間にシワを寄せて正解を考え始める。 それは――それは、どこかカミュと似た反応だった。 黄金聖闘士たちの多くは、容易に光速拳を繰り出せるほどに肉体や小宇宙を鍛えた反動で、頭の回転が牛以下になってしまっているのではないかと疑ってしまうほど――はっきり言って、鈍い。 散々考え抜いてから、サガは、Cの料理がどういう代物なのかに、やっと思い至ったらしい。彼は体内の血液の全てを頭と顔に集めたような顔をして、くそ生意気な金髪の青銅聖闘士を怒鳴りつけたのである。 「馬鹿もの〜〜〜っっっ!!!! キグナス、貴様、二度とここに来るな〜〜〜っっっ!!!!」 そんなことは言われるまでもない。 たとえアテナに土下座をして頼まれても、氷河は二度とここに来るつもりはなかった。 「氷河―っ! はーやーくーぅ!」 氷河は、怒髪天を突いているサガを無視して、教皇の間から双魚宮へと続く階段の上で彼を待っている瞬の許へと歩き出した。 寝室という名の厨房で、得意の手料理を瞬に披露するために。 Fin.
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