「僕がこの館に滞在して、あなたのお世話をすれば、兄がここのお庭の花を盗ろうとした罪を許していただけるんですね」 広い館にふたりきりになると、瞬は沈黙を恐れる気持ちに背中を押されるように、獣に尋ねた。 獣の返答は、ひどく冷淡で――まるで演じているように冷淡で――そして、冷酷だった。 ――言葉だけは。 「俺は、おまえの世話など必要としていない。盗人の罪を償わせるために、盗人のいちばん大切にしているものを差し出させただけだ」 「…………」 瞬は、獣の答えを咎めることも難じることもできなかった。 瞬は彼に、ただ沈黙だけを返した。 これほど気高い美しさをその眼差しにたたえた生き物のその答えを、瞬は素直に受け入れることができなかったのである。 瞬の理性ではない何かが、獣のその答えを決して受け入れようとしなかったのだった。 いずれにしても、翌日から、瞬の上には、獣の言葉通りの生活が訪れることになった。 瞬自身は何の義務も負わされず、ただ、この館を出ることが許されないという規制のみに縛られる暮らし。 日に何度か瞬の許を訪れる獣の視線を拒むことは許されないが、それ以外のことでは瞬は兄の許にいた時よりもはるかに――物質的にははるかに――恵まれた生活を送ることになったのである。 名を尋ねると、獣は、『人でいる時は氷河という名だった』と答えた。 |