瞬は、他に誰もいない獣の館で、獣の訪れを待つようになっていた。 自分がそうしたいと望めば、獣はいつでも人間の姿に戻れるのだと知った瞬は、獣の凍りついた心を少しずつ少しずつ解かしていくことが自分の務めなのだと、思うようになってきていた。 そして、まるで自分の心に問いかけているかのような獣との会話は、瞬自身の楽しみにもなっていたのだ。 「僕は、欲しがっちゃいけないものを欲しがったの? だから僕はこの館に囚われているの?」 瞬が獣の館に来て1年以上が過ぎたある日、瞬は、獣に尋ねた。 この館の庭にしかない白い花。 それを欲しがることは罪なのか――と。 「…………」 長椅子に腰掛けている瞬の膝に寝そべっていた獣が、ふいに身体を起こす。 彼は音もなく瞬の膝から飛びおりると、少しの間ためらってから、寂しそうな目をして瞬に告げた。 「おまえは、好きな時にここを出ていっていい。もう、おまえの兄の罪は問わない。あの白い花をおまえに与えることはできないが、このままおまえの自由を奪い続けていたら、おそらくあの花はおまえにとって価値のないものになってしまうだろう。おまえと過ごす時間があまりに楽しくて、俺も……求めてはいけないものを求めてしまったようだ」 「……!」 瞬は、獣のその言葉に衝撃を受けた。 瞬が許して欲しかったのは兄の罪ではなかった。 瞬が知りたかったことはそんなことではなかった。 瞬が望んでいた答えもそんなものではなかったのだ。 「あなたは僕がいなくても平気なの」 「…………」 獣はそれには何も答えない。 答えないことが獣の精一杯の答えなのだと思うことが、瞬の心を安んじさせた。 「僕はここにいるよ。ここには僕の欲しいものがあるから」 瞬のその言葉に、獣が瞬を見詰める。 自分もまた、瞬の瞳に見詰められていることに気付いて、獣は瞬から視線を逸らした。 そして、低くうめくような声音ではあったが、獣は瞬に告げたのである。 「俺がもし求めてはいけないものを求めたのではなかったのなら、人の姿に戻ってもいいような気がする」 獣の言葉は、ひどく瞬を喜ばせた。 |