その翌日のことだった。
獣の館が、獣の治める領民たちの襲撃を受けたのは。

獣は決して無能な領主でも冷酷な領主でもなかったのだが、人間たちは異形の者の支配を受けることに屈辱を感じていたものらしかった。
あるいは、獣が人間というものを軽蔑していることを、人間たちは敏感に感じとっていたのかもしれない。彼らは、獣という異形の者に軽蔑される自分たちの俗悪さを認めたくなかったのかもしれなかった。

館の前に集結した領民たちの奇声や罵倒に怯える瞬の前から、軽く跳躍するように館の外に飛び出ていった獣は、幾人かの人間の喉笛を引き裂くという示威行動に出て領民たちを追い払ってから、血だらけになって、瞬の許に戻ってきた。

そんな獣の姿を美しいと思う自分に、瞬は戦慄したのである。

「氷河!」
「来るな」

獣の側に駆け寄ろうとした瞬を、獣は鋭く制止した。
そして、苦渋に満ちた声で告げた。

「――俺は、人間とは違うルールに従って生きている。今の俺は醜い人間の命など価値あるものとは思えない。……瞬。多分、俺はもう人間には戻れないだろうと思う」

「…………」


獣がその言葉を言い終わった時に、『獣に人間の姿に戻ってもらいたい』という瞬の望みは絶たれたのである。
『人間の姿に戻った獣の手から、あの白い花を手渡されたい』という望みは。






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