「兄君……」 瀕死の床で、これまで深い愛情で自分を慈しみ続けてくれた兄の姿を見たシュン王子の瞳には、熱い涙が盛りあがってきました。最後の力を振り絞り、涙でぼやけるイッキ国王に向かって、シュン王子は言ったのです。 「これまで、僕のような不肖の弟を慈しんでくださって、ありがとうございました。何のご恩返しもできないまま死んでいく僕を許してください。でも、兄君、どうぞ、できるだけ早く僕のことはお忘れくださいね」 そんな悲しい言葉を、イッキ国王は聞きたくありませんでした。聞く気もありませんでした。 「じょ…じょーだんじゃないっっ !! 離れろっ! シュン、この下種な男から離れるんだ! そうすれば、おまえは死なずに済むんだろうっ !! 」 イッキ国王は、シュン王子の衰弱の訳を全く知りませんでした。 それまで健康そのものだったシュン王子のこの数日間の急激な変化は、シュン王子に寄生した害虫が、シュン王子からエネルギーを吸い取っているせいだと思っていました。 あながち間違いというわけでもありません。 シュン王子は兄王に真実を告げることはできませんでした。 恥ずかしかったからではありません。 とってもとっても恥ずかしい場面は、既に一度兄王に見られていましたし。 シュン王子はただ、それ以上イッキ国王をがっかりさせたくなかったのです。清らかな弟を汚されたと激怒していた兄王に、自分の心の中にある淫らな欲望の存在を告げて、これ以上ショックを与えるわけにはいきません。 兄王のために、シュン王子は辛い秘密を耐えようとしていました。 「それはできません。ヒョーガが処刑されてしまったら、どちらにしても、僕は生きていけないんです。僕たちはもう、一緒に生きるか一緒に死ぬかのどちらかでしか存在できないようになってしまったの。僕は、だって……」 『ヒョーガを愛しているんです!』 という言葉を、シュン王子が無理に喉の奥に押しやったのも、兄王のためでした。 「…………」 しかし、シュン王子は、あふれる涙をとめることだけはできませんでした。 瞳を涙で濡らしたまま、シュン王子は、たった一人の肉親を失おうとしている兄王のために、必死の思いで微笑んでみせました。 イッキ国王のために今のシュン王子にできることは、それだけだったのです。 「シュン……」 こういうことになったのも、元はといえば、弟の恋を許してやらなかった兄のせいだというのに、恨み言ひとつ言わず綺麗な涙を零すだけのシュン王子に、イッキ国王は胸を突かれる思いでした。 タチの悪い害虫にも汚すことのできなかった弟の優しい心。 この清らかな魂が地上から消え去ることなどあっていいはずがありません。 そんなことは、イッキ国王には耐えられませんでした。 「処刑は取りやめる !! おまえを失ってまで晴らしたい憎しみなど、この世に存在するものか!」 「あ…兄君……? ほ…本当ですか……?」 「本当だ。だから、この男から離れるんだ、今すぐ! 死ぬことは許さん!」 「兄君……」 繋がってなくても、シュン王子には、兄王の深い愛情を痛いほどに感じることができました。 人と人が愛し合うって、つまりは、こういうことなのです。 |