「アルビオレ先生、こんにちは」 「やあ、瞬。よく来たな」 城戸邸に比べればささやかすぎるほどにささやかな、小さな家。 大した用があるとも思えないのに、瞬が月に1回は必ずその家を訪問するのを、氷河はずっと快く思っていなかった。 「……で、また、君も一緒か、氷河」 「一緒だと悪いのか」 「いや、私は大歓迎なんだが」 このこじんまりとした家では、聖闘士家業(?)をやめてしまった瞬の師アルビオレが、今年4歳になる一人娘と、いわゆる父子家庭を営んでいるのだが、 「きゃわちゃんはカンゲイしないもん。瞬ちゃん、こんにちは〜」 そのアルビオレの一人娘きゃわが、氷河を全く歓迎していないのだ。 無論、氷河が瞬のこの訪問を快く思っていない理由は、その子供のせいなどではなかったが。 『瞬はお行儀のいい子が好きなんだよ』と父に言われているきゃわが、瞬に(だけ)向かって、お行儀良くぺこっ☆と頭をさげる。 子供好きな瞬は、このこまっしゃくれた子供を見て、目を細めた。 「こんにちは、きゃわちゃん。今日も元気だね」 「きゃわちゃん、いつも元気なの。今日もいっぱいケーキ食べたの」 「わあ、いいな。アルビオレ先生のケーキ?」 「うん。パパはケーキ作るの上手なの。きゃわちゃんとケッコンしたら、瞬ちゃんもパパのケーキ、毎日食べれるよ!」 きゃわは、瞬の手を取ると、『これは私のもので誰にも渡さない』と言わんばかりに、氷河の側から引き離した。 この子供は、氷河と瞬の関係を知っているはずもないのに、氷河を毛嫌いしていて、その上、瞬がこの家を訪れるたび、瞬に『きゃわちゃんとケッコンして』を連発するのだ。 「それは素敵なアイデアだけど……」 瞬がちらりと視線を向けた先では、氷河が思い切り仏頂面をしていた。 「ケーキくらい、俺が毎日買ってやる」 はっきり言って大人げない対応ではある。 あるのだが、氷河は言わずにはいられなかった。 それに対するきゃわの反応は、実に素直に子供である。 「ふーんだ。きゃわちゃんちのは、パパのお手製だもん。瞬ちゃんは、パパのケーキがあったから、パパの学校をいちばんで卒業できたんだもん。だから、氷河はあっち行け」 半ば以上が彼女の遊び場と化しているリビングルームの自分の周囲に玩具と瞬を確保すると、きゃわは氷河に口をとがらせてみせた。 「こら、きゃわ。何てこと言うんだ」 優しい声だが厳しい口調で父にたしなめられたきゃわは、ほんの一瞬間だけ反抗的な表情になったが、すぐにしおらしく頭を垂れた。 「……ごめんなさい」 「パパにじゃなく、氷河に謝りなさい」 そう言われた途端に、きゃわはすぐにぷっ☆とむくれた。 「やだ」 「きゃわ!」 今度は、父の叱責にも、きゃわは従わない。 「きゃわちゃん、氷河はやだも〜ん」 きゃわは、そして、それ以上父に叱られるのを恐れるかのように、クマのヌイグルミを抱きしめるとぷいと横を向いてしまったのだった。 「ああ、すまないな、氷河。後できつく叱っておくから」 意地を張る我儘娘に負けた格好で、アルビオレはすまなそうに氷河に謝罪したが、瞬は逆に氷河に疑いの目を向けてきた。 「氷河……きゃわちゃんに何か意地悪したの」 「俺をいじめっこか何かみたいに言うな」 心外この上無いという気分で、氷河は瞬の疑念を即座に否定したのだが、実際、なぜ自分がきゃわにここまで嫌われてしまったのか、氷河自身にはまるで心当たりがなかったのである。いくら何でも4歳の子供が、女の直感で氷河に恋敵の匂いを嗅ぎつけたのだとは、氷河には思うことはできなかった。 |