「それは……まあ、子供はそういうことには敏感だから、直感でわかるんだろう。相手が自分のことを気にかけてくれているか、そうでないかが。大抵の大人は、それが自分の見知っている子供でもそうでなくても、子供が好きでも嫌いでも、小さな子供が自分の側にいたら、無茶はしないか悪戯はしないかと何かと注意を向けるものだが、君の意識はいつも別のものに向けられているからね。それも意識のすべてが」 「…………」 それが“尋常でないこと”なのだと、これまで氷河は一度も考えたことがなかった。 小さな子供がいたら、大人はその子供に気をつけるものなのだということ、そうしない自分は普通でないのかもしれない、などということは。 瞬が側にいたら、瞬のことだけを見、瞬のことだけを考えているのが当然だと、氷河はこれまでずっと思っていたのである。 否、彼は、“思う”ことすらせず、当然のことのように、いつもそうしていた。 「氷河、君は、思春期と言える時期をほとんど自分の師だけと過ごしていたから――自分だけを見てくれる人を見ているだけの状態が長かったから、その……少しばかり、他人の受け入れ方が下手なのだと思うよ。二人の人間の間に存在するのは相互関係だけで、そこに社会を形成されない。社会というものは、人が三人集まって初めて成り立つものだ。アンドロメダ島は瞬の他にも子供たちがいたし、君の仲間の他の青銅聖闘士たちも、師と二人きりという状況ではなかったようだから、第三者を受け入れることに拒絶反応を示すことはないのだろうが、君の場合は……」 そんなふうに、自分の行動や心を分析されるのは、氷河は不愉快だった。 瞬でないものに、自分の心の中を探られるのは。 しかも、アルビオレの言うことは――氷河自身、一度も意識したことはなかったが――正鵠を射た事実、である。事実なのだろうと、氷河自身ですら思うことができる事実だった。 「瞬が私のところに来るのも嫌なんだろう? それどころか、瞬が自分以外の人間を見ていると不安になる」 「…………」 「氷河、そうなの?」 氷河のそれを、これまでただの焼きもちだと思っていた瞬は、アルビオレの言葉に反論しない氷河に困惑した。 氷河のそれはただの焼きもちなのだから、恋の対象となりえないものにまで向けられることはない。氷河のそれは“不快”なのであって“不安”ではない――と、これまで瞬は思っていたのだ。 「俺はただ、あんたが――あんたの外見が俺に似てるから、だから瞬は俺を気にかけてくれただけなんじゃないかと疑っていただけだ……」 そうではないことは、今では氷河も認識していた。 “自分に似ている”アルビオレだけでなく、それどころか、瞬がきゃわを見ているだけでも、氷河は心中で苛立ちを感じていたのだ。 他の誰でも嫌なのである。 瞬が自分以外の誰かに注意を向けることが、不愉快でたまらない。 今の今まで、それを不安という感情だと認識してはいなかったが。 大人たちが深刻な顔を突き合わせている応接セットの横で、今度はカード遊びに夢中になっているようだったきゃわが、突然顔をあげて、氷河を怒鳴りつける。 「氷河はパパに似てないっ !! パパはもっと優しいもん! きゃわちゃんにも瞬ちゃんにも誰にだって優しいもん! 氷河は違う!」 自分を愛してくれないものは全て自分の敵だという、単純な子供の理論。 しかし、氷河は、これまでなら何とも感じなかったであろう子供の敵意に、少なからず衝撃を受けている自分を自覚した。 「…………」 自分がアルビオレに似ていないと言われることは、喜ばしいことのはずだった。 それは、瞬が、彼の慕っている師の面影を自分に見ていたのではない――と言われていることでもあるのだから。 喜んでいいはずのことだったのだ――が。 |