「では、ご主人様方。改めまして……」

その親指姫のような最新型超高性能メイドロボは、テーブルの上にハンカチを小さくたたんで作ったお座布団の上にきっちり正座し、三つ指をついて、深々と氷河と瞬に頭を下げた。

「僕、グラード・メイドロボ・コーポレーションから派遣されてまいりました、GMC−0909−SHUN−T15型メイドロボです。15号とお呼びください」

その身長は、どう大きめに見積もっても7、8センチ。
亜麻色の髪と白い肌。
体型は5、6歳の幼児体型で、その小さな手はやわらかい真珠の粒のようだった。
あまりに小さすぎて比較の仕様もないが、雰囲気がどことなく幼い頃の瞬に似ている。

可愛いことは可愛い。
凶悪すぎるほどに可愛かった。
これが愛玩用ペットロボだというのなら、確かに最高級品だろう。
この容姿で言葉を解し、学習機能のみならず思考回路や感情回路まで備えているというのであれば。

だが、氷河がメイドロボ購入の代償として求めているものは、瞬と自分が今現在家庭内の雑事にために費やしている“時間”だった。
逆に時間を費やすことになるペットなど必要ないのである。
その時間を瞬を可愛がる時間に当てたいからこそ、氷河はメイドロボが自分の家の中に入り込むことを是認したのだ。
それが――。


この呆れるほど小さなメイドロボに、可愛い以外にどんな取りえがあるのかと、氷河は最初から投げやりだった。


「料理はお袋の味から本格中華・フランス料理まで、10万馬力で力仕事も楽々、なにしろ小さいですから、どんなゴミも見逃しません。視力は左右共4.0、聴力は超音波もばっちり、嗅覚は犬並み、ご主人様のお宅のセキュリティ管理は僕一人で万全です。エネルギーは最小限、角砂糖1個で1週間は大丈夫です。置き場所も取らず、ご主人様たちのお邪魔にもなりません。グラード・メイドロボ・コーポレーションが総力を結集して作った、未来志向型超高性能メイドロボ、それが僕です!」

小さいながらもセールストークはばっちりである。
詰まらずに言えたことに安心した様子で、15号は、最後の決めににっこりと笑顔を作った。

瞬はその可愛らしい様子にほわっと微笑んだのだが、氷河はそのセールストークが終わるなり、
「即日返品可だったな」
と言って、掛けていた椅子から立ち上がったのである。

「ど…どうして !?  僕、本当に最新型の超高性能メイドロボなんです! 僕が来たからには、今日からご主人様方の生活レベルは一気に向上します!」
ハンカチの座布団から腰を浮かしかけた15号が、テーブルの上の氷河の人差し指に取りすがる。

「おまえなぁ……」

まさか、その小さな身体を振り払うわけにはいかなかったので、氷河はその場から立ち去れなくなってしまった。

「そんなちっこくて何ができるって言うんだ? 本格中華料理をままごとの皿に作ってもらっても、俺たちの腹は膨れんだろーが」

「ぼ…僕……」
15号がその小さな瞳にじわりと涙を滲ませる。

「僕、力あります。ほんとです!」
15号は、しかし、すぐにその涙を振り払い、テーブルの上をたたたたたっ☆と横切って、瞬の前に置かれていたティーカップをソーサーごと持ち上げ、精一杯の大声を響かせた。

「ね? すごいでしょう !? 」
「…………」

お茶入りのカップは、15号の身体の数倍の大きさ、数十倍の重さがある。
人間が同じことをしたら、それは確かにスーパーマンか聖闘士の為せる技だろう。
しかし、普通の人間がティーカップを持てなかったら、彼はお茶も飲めないことになるではないか。

「あー、すごいすごい」

ティーカップをそっと元の場所に戻した15号は、馬鹿にしたようにそう言う氷河の人差し指に、再びすがりついていった。
「ぼ…僕、歌も歌えるの! お遊戯もできるの! そ…それから、えーと、それから、楽しいシャレも言えるの! これまでのメイドロボにはできなかったことです!」

「15号ちゃん、じゃ、何か面白いこと言ってみて?」
その必死の様子を見兼ねた瞬が、15号に助け舟を出す。
15号は、瞬の言葉に(15号にしては)大きく頷いて、氷河の顔を見上げた。

「はい! えーと、猫が――」
「『寝転んだ』じゃないだろーな」
「ち…違います!」

15号はすぐに否定したが、実際のところはそう言うつもりだったらしい。
『寝転んだ』と言うことを禁じられた15号は、それから5分ほど考え込んでからなんとか別の“楽しいシャレ”を思いついたようだった。
そうして、15号は、新作“楽しいシャレ”を、自信に満ちて氷河に発表したのである。

「猫が寝込んだ !! 」
――と。

「…………」
「…………」

これには、さすがの瞬もフォローの仕様がなかった。

「さーて、返品だ」

無情な氷河の宣告に、15号の瞳が再びじわりと潤んでくる。

「僕……僕、ほんとに何でもできるのに……」
「せめてあと100センチ大きくなってから出直して来い」
「氷河、そんな無理言ったら、15号ちゃんがかわいそ……」
と、瞬がとりなしにかかった時、

「あーん!」

室内に突如響き渡った大音響に、氷河と瞬は一瞬びくりと身体を強張らせた。

「あーん、あーん、あーん、僕、ほんとにほんとに高性能メイドロボなのにーっっ !!!!!!!! 」

さすがは最新型超高性能メイドロボ、その泣き声は死人も叩き起こすほどの音量があり、エマージェンシー・コール並みにトーンが高い。
瞬は、テーブルの上で大々的に泣きわめいている15号の小さな身体を両手ですくいあげ、人差し指でその頭を撫でて、慌ててなだめにかかったのである。

「氷河、そんなすぐ突っ返したりしたら、かわいそうじゃない。15号ちゃんの立場もあるだろうし、少なくとも、この子は、氷河があちこちに放り投げちゃう本だのリモコン装置だのをちゃんと元の場所に戻すくらいはしてくれるよ!」

「はい……! 僕、整理整頓大好きです! 捜し物も得意です! 何でもできます!」

どうやら15号は瞬を味方だと思ったらしい。ぴたりと泣くのをやめた15号は、必死の目をして瞬に訴えた。

そして、瞬はあっさりとそのつぶらな瞳にほだされてしまったのである。

「ねぇ、ほんとに氷河って意地悪だね。15号ちゃんはこんなに一生懸命で可愛くて、働きたいって言ってるのに……。大丈夫だよ、15号ちゃん、もう泣かないで。僕が絶対に返品なんてさせないから」
「あ…ありがとうございます、瞬様!」

「…………」
瞬にそう言われてしまったら、それは氷瞬家での決定事項である。

瞬によく似た小さなメイドロボに視線を移すと、やはりそのメイドロボには幼い頃の瞬の面影があって、さすがの氷河も、つい口許がほころんでしまう。
そんな自分に気付いた氷河は、慌てて、目一杯不機嫌そうな顔を作って口許を引き結んだ。

仏頂面の氷河を横目に見ながら、瞬は自分の手の中の15号に、氷河の分も優しく微笑みかけたのである。
「でも、その瞬様はやめて。瞬でいいよ」
「そんなわけにはまいりません! こんなにお優しいご主人様方を呼び捨てになんてできるはずありません! 瞬様、氷河様とお呼びいたします! 呼ばせてください!」

小さいのに、随分と自分の立場をわきまえた子供(?)である。
『瞬様』と呼ばれるのはくすぐったくてならなかったのだが、瞬は、15号の幼い外見と、その外見に似つかわしくないほど雇用主への礼儀を貫くその態度に、健気さを感じてしまったのだった。
しかも、『お優しいご主人様方』と言い切ることで、さりげなく氷河をも“お優しい”ご主人にしてしまっているあたり、なかなか頭もいい。


「いいでしょ、氷河様?」
瞬に確認を入れられた氷河は、不承不承瞬に頷き返したのである。





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