その日から、15号はフル回転で働き始めた。 傍から見ているだけでも、本当に必死なのがわかるほど必死に働いてくれた。 古典的な調理器具しか揃えていない氷瞬家のキッチンで、自分よりずっと大きなナイフを両手で抱きしめるようにして持ち、野菜を切る。 切った野菜を、飛び跳ねるようにして鍋の中に入れ、鍋に箸でハシゴを掛けると、スプーンをクレーン車のようにして命懸けの味見。 いくら力があってもこの小さな身体では動かすことさえままならないだろうと思えるようなモップやクリーナーも、支点力点の作用を上手く利用してなんとか使いこなす。 洗濯物に埋まりそうになりながら、その敏捷さと並外れた跳躍力を駆使して、きっちり氷河のYシャツもたたんでみせた。 身体が小さいせいで余計にそう見えるのかもしれないが、15号の頑張り方は異様でさえあった。 一つ仕事を片付けるたびに、肩でぜいぜい息をしながら、それでも休憩をとることさえ思いつかない様子で、15号はすぐに次の仕事に取りかかっていくのである。 その様は、まさに、花から花へと飛びまわり、休むことなく花の蜜を集めてまわる蜜蜂のようだった。 小さな子供の初めてのお手伝いを見守るような気持ちで15号の働きぶりを見ていた瞬は、その危なっかしい様子にはらはらしながらも、ひどく感心していたのである。 たとえ大きな失敗をしても微笑んで許してやらずにいられないほど一生懸命に働く15号は、しかし、家庭内にある数多くの危機を、その機転で乗り越え、結局その日一日、失敗らしい失敗もしなかった。 それどころか、夜になって、一日の家事を一通りこなした15号をねぎらってやろうとすると、夜は番犬代わりに外で見張りに立つと言い出す始末である。 「そんなことしなくても平気だよ、15号ちゃん。泥棒が来ても氷河が追い払ってくれるし、僕もそこいらの強盗程度ならすぐ捕まえられるから。15号ちゃん、一日中働きっぱなしで疲れたでしょう。初めての家で緊張して慣れないこともあったと思うし、今夜はゆっくり休んでね」 「で……でも、僕、ご主人様たちのお役に立ちたいんです!」 小さな小さな手で、小さな小さな握り拳を作って訴える15号。 これは、はっきり言って可愛すぎた。 瞬はすっかり、この健気なメイドロボが気に入ってしまったのである。 「でも、僕、15号ちゃんのためにベッドを作ってあげたんだよ。せっかくだから使ってくれない?」 「え…?」 そう言って瞬が取り出したのは、細い竹で編まれた10センチほどの花カゴに、チューリップ模様のハンカチと綿を敷き詰めて作った、取っ手付きの超小型ベッドだった。 本当はメイドロボにベッドなど必要のないことは、瞬とて知っていたのである。 メイドロボは、それこそ立ったままでも眠れる――機能を停止できる――のだ。 しかし、この健気なメイドロボを、テーブルの上に打ち捨てておくことなど、ましてや、夜っぴいて番犬代わりに門前に立たせておくことなど、瞬には到底できることではなかったのである。 「あ…ありがとうございます、瞬様…! ぼ…僕……僕、ただのロボットなのに……」 目の前に出現した自分用のベッドに駆け寄り、15号は嬉しそうに瞳を輝かせた。 それから、小さな小さな瞳から、小さな小さな涙をぽろっと一粒零した。 「やだな、15号ちゃんはただのロボットなんかじゃないでしょ。15号ちゃんには心があるもの」 瞬にそう言われた15号は、涙を浮かべた瞳で切なげに瞬を見詰め、 「心……僕たちにも心があるんでしょうか……」 と、小さく小さく呟いたのである。 その呟きはあまりに小さすぎて、瞬の耳にまで届かなかったのだけれども――。 |