そうして、15号を専用ベッドに寝かしつけた、その夜。
瞬は、今度は、15号以上に手のかかる駄々っ子の世話をしなければならなかったのである。


「氷河、どーしてそんな不機嫌な顔してるの。そりゃ、ちょっと危なっかしいとこもあるけど、15号ちゃん可愛いし、一生懸命だし、氷河、焦げてない目玉焼きなんて久し振りだったでしょ」

こちらの駄々っ子は、15号に比べれば、やたらと図体がでかかった。
「おまえが、あのちっこいのばかり構うから」
「……やだ、妬いてるの」

おまけに、15号と違って聞き分けが悪い。
「俺がメイドロボを買うと言ったのは、そもそもおまえが家事にかまけて俺の相手をしてくれないからだったんだぞ。それなのに、おまえときたら、15号ちゃんの目玉焼きだー、15号ちゃんが掃除してるー、15号ちゃんが鍋の中に落ちるーだのって、全然俺を構ってくれてないじゃないか」

「だって、放っておけないじゃない、危なっかしくて。15号ちゃんが怪我したりしたらどうするの」
「怪我じゃなくて、故障だ」
「そんな言い方……」
「おまえが俺を見てくれたらやめる」
「僕、氷河しか見てないでしょ」
「嘘つけ」

氷河は完璧に拗ねているようだった。
でかい図体をして恥ずかしげもなく拗ねてみせる氷河に、瞬は溜め息をついたのである。
「あのね、氷河。氷河だって、不機嫌そうな顔しながら、いつも15号ちゃんを見てるよ」

こういう時は、拗ね返す(?)のがいちばんである。
それは、氷河との長い生活の中で、瞬が体得した必殺技だった。

「そりゃあ……。見てないと心配だし、あのチビ、おまえに似てるからつい……」
「僕は、あんなに氷河をはらはらさせたりなんかしないでしょ」
「初めて会った頃はおまえも結構――いや、外見の話だ」
「外見? 僕、あんなに可愛くないもん」
「なんだ、拗ねてるのか?」
「拗ねてなんかいません」
「じゃあ、妬いてるのか?」
「…………」

まあ、その必殺技が本気になってしまうこともままあるのだが。

「……ちょっとだけ……。だって、氷河が僕以外の誰かをあんなふうな目で見たことなんて、これまで一度もなかったから……。僕、もしかしたら、氷河に15号ちゃんを構わせたくなくて、だから自分が15号ちゃんを構っちゃうのかもしれない……」

それは、半分が氷河をなだめるための嘘で、半分は本音だった。
瞬には、自分の気持ちがどちらにあるのか、自分でもよくわかっていなかったのだ。

「今はおまえしか見ていないぞ」

言葉通りに自分だけを映している氷河の瞳を見上げ、瞬が自分を恥じたように顔を伏せる。

「うん……いつも僕だけ見ててなんて我儘言うつもりじゃないの。一日に何度かだけでいいんだ。氷河が僕だけを見て、僕のことだけ考えてくれてる時間があれば……」

伏せられた瞬の顔を仰向かせて、氷河がその唇に、彼にしては軽いキスをする。

「俺の一日の大半はおまえのためにあるぞ。9割方そうだ」
「残りの1割は15号ちゃんを見てるの?」
「と、自分の男前を確かめる時間だな」
「その分の時間も僕にちょうだい。僕を見て、僕に聞いて。僕が教えてあげる」
「……瞬? おまえ、ほんとに妬いてるのか?」
「だって、氷河があんな目で僕以外の……」
「ばか」

あっさり『ばか』と一言で断じられてしまった瞬が、再びしょぼんと意気消沈する。
そんな瞬を見て、氷河は完全完璧に機嫌を直した。

「やっぱり、おまえの方が可愛い」
「あ……っ!」
可愛いものを愛でるにしては乱暴に、氷河が瞬の身体をベッドの上になぎ倒す。
氷河の乱暴な所作に小さな悲鳴をあげた瞬は、しかし、すぐに、まるでその時を待っていたかのように、その細い腕を自分の上に覆いかぶさってきた氷河の背にまわしていった。



後は、例によって例のごとく、である。


そうして、瞬の唇から言葉らしい言葉が消え、喘ぎしか洩れてこなくなった頃。
氷河に焦らされていると感じ始めた瞬が、『早く』の一言を言ってしまいそうになった頃。


それは突然、氷河と瞬の寝室の内に響き渡った。

“それ”とは、すなわち、
「しゅ……瞬様を食べちゃだめ〜〜〜っっっ !!!! 」
という、15号の絶叫である。

「氷河様、正気に戻ってください! 瞬様、泣いてます! 瞬様、苦しそう! 瞬様、きっとご病気なんです! 瞬様、病院に連れていかなくちゃ! いじめちゃ駄目、かじったりしちゃ駄目です〜っっっ !! 」

何故ここに15号がいるのかはともかくも、これには氷河もまいってしまったのである。

15号は泣きそうな顔と声で必死にベッドの下から氷河に食い下がってくるし、
瞬は瞬で、
「15号ちゃ……氷河……っ!」
と喘ぐように言ったきり、××の中断を求めることもできずに切なげに身悶えている。

これはまさにどーすれバインダー状態、である。

「じゅ…15号、ちょっとだけあっちへ行ってろ、瞬が…!」
「瞬様、瞬様、大丈夫ですかっ !? 」
「氷河…氷河…っ!」

とにかく、この場で最も苦しんでいるのは瞬である。
氷河は、15号への家庭の事情説明は後回しにすることにして、瞬の中に自分を入れ――失礼、瞬の求めるものを彼の求める通りに与えてやったのである。

「あああ……っ!」
途端に、瞬が、それまでの喘ぎとは意味合いの異なる喘ぎ声を洩らし始める。
おそらく今の瞬の意識の中からは、15号の存在は消え失せてしまっているはずだった。
氷河もそれは同じ――と言いたいところだが、なにしろ、ベッドの下から、
「瞬様、氷河様、あーん、瞬様が死んじゃう〜っっ !!!! 」
という、15号の悲鳴が響いてくる。

まさに身体は瞬に奪われ、意識は15号に引っぱられかけているという、訳のわからない数分間を、氷河は経験することになったのである。
それは、氷河にとっては永遠と等しいものに思えるほどに長く感じられた時間だった(つまり、お楽しみの時間を実際よりはるかに長く感じることができたことになる)。


混乱を極めたまま、その夜の氷河と瞬の××は近年稀になく盛り上がり、かつ、異様な興奮に包まれて、実に劇的な終幕を迎えたのだった;;





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