「わかっているとは思うが、俺はグラード財団の法律顧問だ。商品開発のことは知らないが、経営上のことで財団がこれまでしてきたことなら何でも知っている。資金の流れ、裏金の流出先、政界、財界、法曹界との繋がりや裏取引、何もかもだ」

グラード財団本部ビル最上階の総帥室で、氷河は財団総帥である城戸沙織に対峙していた。
彼の横には、歩くことのできなくなった15号を大切に抱えた瞬がいる。

そこで氷河がしていることは、まさに、正しく、正真正銘、これ以上はないほどに見事な“脅迫”だった。

財団総帥の城戸沙織に氷河が要求しているのは、15号の手当てとその設計図。
財団トップの立場にある沙織には、財団維持のために、考えるまでもなく屈するしかない脅迫だった。

「ついでに1号から14号も引き取らせてもらうぞ」
「そ…そんな! あれは、財団の最高水準の科学力を注ぎ込んだ製品なのよ。商品化が無理なら、完全に抹消してしまわなければならないものだわ!」

「作った物だから、作った人間には抹消する権利があるというのか。15号には心がある。この子の仲間を思う心は人間以上だぞ。あんたらが15号に心を与えたんだ」

「それは……ただの物よ。ただの回路だわ」
「人間の脳と同じ、な」
「…………」

それはそうである。
人間の感情も思考も、元をただせば脳内物質とシナプスという回路の組み合わせに他ならない。

「人間だって、出来が悪いからって、神だの何だのに処分されるとなったら、必死で抵抗するだろう。この子と人間とどこが違う!」

「氷河様……」
瞬の手の中で、15号はぽろぽろと涙を零していた。
いつも不機嫌で、毎晩瞬をいじめているひどい人だと思っていた氷河が、これほどまでに自分たちの存在を肯定してくれることがあろうなどとは、15号はこれまで考えたこともなかったのだ。

「それに……」
氷河は、ふいに脅迫の声を潜めた。
瞬に聞こえないように、沙織の耳元にその言葉を囁く。
「あのチビ共のモデルに瞬を使ったな。思考回路も子供の頃の瞬にそっくりだ」
「そりゃあ、可愛い方が受けると……」
「瞬には瞬の肖像権というものがあるんだ。しかるべきところに訴えても――いや、俺は正攻法など使わないかもしれないぞ? 15号の販売と廃棄をやめさせるために、財団そのものをぶっ潰すことすら、俺にはできる」

「あ……あれは、でも、まだ試作品で、販売するとは決めていな……」
沙織の反論は、殺気さえ含んでいる氷河の睥睨に中断された。

自分の反駁が無駄だということを、沙織は即座に悟ったのである。
言っても負けるに決まっている。
氷河は容赦しないだろう。
瞬と同じ顔と考え方をもつものがメイドとして人手に渡ることを、彼はどんな手段を使ってでも阻止するに違いない。
まして廃棄処分など、もっての外である。

「わかったわ。わかりました。その代わり、あの子たちを決して他企業に渡さないと約束してちょうだい。商品としては今いちだけど、本当に、グラードの科学の粋を集めて作ったものなのよ。企業機密の集大成のようなものなんだから」
「渡すと思うか。瞬と同じ顔と心を持った者を、俺が俺以外の誰かに」
「……そうだったわね」

沙織が、険しい顔の氷河に睨まれて、大仰に肩をすくめる。
それから彼女は、
「研究員に1号から14号を連れてこさせるわ」
と諦めたように一言告げて、総帥室から出ていった。





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